2020年終わりに。

毎年、
年賀状は写真入りにしていますが、
今年は、その写真が無い状態…。
ステイホームの一年。

確保していたチケットの、いくつがキャンセルになったのだろう?

感染予防のため、窮屈な授業、レッスン。

この一年で多くの命が消え、仕事を失い、精神も壊れ、
常に頑張っている人たちへの安息と援助は未だ確保されていない。

あっという間に師走。
せめてリースを飾り、
生徒さん達には、いつものように
帰り際にクリスマスプレゼントの小さなお菓子を。
毎年恒例のことが無事にできた。

《この一年、何を得たのだろう?》

取捨選択し、必要なことを見つめる心眼。
何気ない日々の生活が当たり前ではないこと。
一日が無事に終わることのありがたさ。
人との繋がりの大切さ。

そして、このウィルスは、自分だけが犠牲になるのではなく、
周りに迷惑をかけてしまう。

『民度が高い』と信じているこの国の人々は、
他の人のために、個々に感染予防をしている。

私は、友人に会うとき、必ず扇子を持ち歩く。
マスクを外さなくてはいけないときは、扇子で口元を塞ぐ。
40年ぶりに再会した同級生から、
その『私スタイル』に、
恐縮ながら、お褒めの文面のブログをいただいた。
そう思ってもらえたことが嬉しい。

共存と勝利まで、まだまだ続くであろう、この闘い。
『他のためを考え』という意識が、アイデアを出させる。

ヘミングウェイ作
ゲーリー.クーパーと
ショートカットが鮮烈だった
イングリット.バーグマンの映画にもなった
『誰がために鐘は鳴る』

映画のタイトルは
ジョン.ダンの詩から。

【我は人類の一人なれば、誰の死も我を傷つける。
誰が(たが)為に弔いの鐘は鳴ると問うなかれ。
弔いの鐘は汝が為に鳴る】

要するに、
他人の不幸に無関心、
苦しみを想像できず同じ心を共有できないことへの戒めの詩。

時代を超えても、
人間である以上、普遍、不変のテーマですね。

古関裕而さんの『長崎の鐘』
【慰め、励まし♪】
子供の頃から、よく母が口ずさんでいました。
長調好きで、西洋っぽい綺麗なメロディーラインが好きな母は、
曲途中の、この長調のメロディーからしか歌いません。
朝ドラ『エール』でもあったように、
どん底まで落ちたら、
その先には『希望』がある。

2021年は
地球規模で、希望の光が灯りますように。