遠い松竹座

春には、暖かくなり少しはコロナも収まるかしらと予想し、
4月の大阪松竹座、
大好きな演者さんのチケットを取っていました。

コロナ禍、我慢していたぶん、
朝ドラでも、
『鶴亀家庭劇〜鶴亀新喜劇』が取り上げられているように、
松竹座に足を運べることを、
ものすごく楽しみにしていました。

しかし…
公演中止。
かなりの凹み具合です。
そうこうしているうちに関西は大変なことに。

考えようによっては、
変異株で更なる感染拡大し、
行くのを迷っていたところに諦めがつき、
安全を手に入れたのかも。

お芝居の『泣き笑い』は紙一重。

中止は残念ですが、
もしかしたら危険回避と、
これも明暗紙一重。
(どこに居ても、その人の行動の在り方が重要なんでしょうが)

それでも、やっぱり悔しくて、
懐かしい藤山寛美さんのDVDを購入してしまいました(笑)
子供の頃の記憶を辿り、タイトルのみで購入。

やっぱり、面白い。
喋りのテンポ、間、
たぶんアドリブであろう場面、
ちょっとした仕草。
でも、しっかり、
人として当たり前のことを、
見栄も体裁もない、
少しぬけている主人公が堰を切ったように語る。
同時にお客様の熱い賛同の拍手。
藤山寛美さんの芸に魅入り、
私も笑いながら泣いている。

昭和、平成、令和、
どんな時代でも戒めなくてはいけないことを、
面白ろ可笑しく、
笑いと涙で諭してくれている。
とても大切なこと。

道頓堀の赤い灯、青い灯。
通天閣は赤色に染まっていますが、
早く危険な赤は消え、
ゴチャゴチャした何でもアリの街色と共に、
見上げれば、
「松」や「竹」と同じ、
緑色が灯りますように。

『バーバパパ』のがっこう

最初に、
『バーバパパ』読んだことありません。
ごめんなさい!

母校である小学校が、少数化のため隣りの小学校に併合され、
校舎があきました。
そのため、不登校の子供達のための中学校が新設されます。

京大からみえた准教授のスピーチが会場の涙を誘ったとか。

【『義務教育」
義務を負っているのは大人であって、子供達には学びたいと思ったときに学べる『学習権』がある

教室の中の、正方形のタイルのようにまっすぐ並べる子だけが学んでいいというわけではなく、
いつ、どこで、だれと、なにを学びたいのか選択できる。
大人がそれを提供しなくてはいけない。

その学校が北欧のような教育先進国ではなく、
日本の真ん中、この岐阜に作られる。

《バーバパパのような学校を作りたい。》

このチャレンジには戸惑いもあるし、結果がでるかどうかはわからないが、温かく見守っていただければ…】と。
(興味のある方は、検索して全文をお読み下さい)

父が、
『子供にはそれぞれ得意なものがある。
それを親がいろいろ提供してみて、この子は何が得意かを見つけだしてあげることが親の責任だ』と、
よく言葉にしていました。

私が幼稚園の頃は、
絵画教室、音楽教室に通い、
水泳は、長良川という岐阜市民には泳げる場所があったので、習ったことはありませんでした。

幼稚園の頃の絵画教室。
教室に置いてあるモノ、何でもいいから好きなモノを描く。
という絵画教室が好きで、
どちらかというと音楽より好きだったかもしれません。
小学生の頃の絵画教室では、教室の外の景色を描く。
いつも変わり映えしない風景、
変わらない色彩にだんだんつまらなく感じたのを覚えています。

絵画ひとつをとっても、
子供なりのこだわりがあり、
子供の感性ってちょっとしたことで火がつくかどうか。
視覚、聴覚、触覚に訴えかけるもの。
同じ人間はいないのだから、何に興味があるのか、
大人は探らないといけないですね。

高齢の母を見ていてもそう。
優等生か、まあまあ普通でないと、
デイサービス等のお世話になるところでは、頭を下げることばかりでした。

みんなが正方形のタイルではなく、
いびつで、角ばったり、丸みがあったり、厚みがあったり、ペラペラだったり、材質が違ったり、
同じ形はひとつも無い。

ご近所のこの新しい中学校が、この先子供達にどのような影響を与えるのか楽しみです。
20年、30年経って、
『あの学校の生徒で良かった』と思える大人がたくさん輩出されますように。

3月31日、
暖かな陽気に誘われ、自転車で気持ちよくお買い物に出かけると、
学校の桜が咲いていました。

大きな桜の樹。
西側と東側の桜は、
同じではなく、
咲く時期、散る時期が違っています。