2026.ニューイヤーコンサート

元日夜は、恒例のウィーンフィルニューイヤーコンサート。

今年は、とにかく楽しかった。
そしてプログラムには、
異文化への理解、女性への敬意が感じられ、
新たな試み、伝統ある歴史の変革の年だったのでは。

カナダの指揮者
【ヤニック.ネゼ=セガン】

2022年、ウィーンフィルアメリカ公演の折、
ウクライナロシア戦争のため指揮者が来米できず、急遽、代役でウィーンフィルを救った、
明るくエンターティナーな資質の指揮者。

プログラムは例年と指向が違い、
インド、エジプト、黒人霊歌、アラビアンナイトにまつわるもの、
異文化の曲目が目新しかったです。

 

女性だけのオーケストラを作り、
1870年アメリカ公演を実現し、
1873年ウィーン万博でも指揮者として活躍した、
作曲家であり母でもある、
【ヨゼフィーネ.ヴァインリヒ】の
女性らしい甘く可愛らしい曲。

アフリカ系アメリカ人女性の
【フローレンス.プライス】
黒人霊歌やジャスのリズムと西欧を融合させた『レインボーワルツ』
これまた、ウィーンフィルが奏でると素敵で。。。

19世紀の欧州では、まだまだ弱い立場の女性。
その頃作られたシュトラウスの『女性の尊厳』ワルツ。

そして、
今年はウィーンフィル初来日から70周年。
指揮者が、【ヒンデミット】だったとは…。
コンマスは【ボスコフスキー】
なんだか、凄すぎる。

アンコールのラデツキー行進曲では、
指揮者が客席降りをして、会場が一体化し、
最後列のお客様は楽しかっただろうなぁ…と。

指揮者の恒例スピーチ
「それぞれの違いを受け入れれば、平和が訪れ、
kindnessが大切。
だって、same PLANETに居るのだから」

指揮者のお人柄が滲み出るニューイヤーコンサートでした。
楽しかったぁ!

来年はロシアの指揮者。
奇跡のような同じ地球に居るのだから、音楽を通して世界が穏やかになりますように。

今年は客席にバイオリニストの
【アンネ.ゾフィームター】を見つけ、
客席を見渡すのも楽しみのひとつです。

『2009年、楽友協会黄金ホールにて』

2025年

四季ではなく二季かしらと思うほどの2025年。
日本には四季があるからこそ生まれた文化、文学、芸術があるのに
100年後はどうなっているのでしょうね?

今秋は、
オーケストラや室内楽、
そして、かつての生徒が弾く
ブラームスの協奏曲等に浸ることができ、

また、キリスト教会では、
バッハ.パルティータ、
オルガンとのヘンデル.ソナタ、
ヴィターリ.シャコンヌ、
何よりオルガンで聴けたことが、
ヘンデルの時代もこうだったのだろうと、
時空を超え、当時の聴衆と化していました。

今春は、
大阪滞在中、
父が単身赴任していた岡山へ足を伸ばしてみたり、

12月には、
所用で犬山へ。

犬山も父が大病をしたあと、働かせていただいた場所。
木曽川を挟んだ近い土地とはいえ、なかなか行く機会がなく、
観光客も多くなった今、
かつての『名鉄犬山ホテル』だった
『ホテルインディゴ有楽苑』も、
何か、かつてとは違うと思いながらも、
見上げれば変わらず犬山城がそこにあり、
どこかに父の面影を探してしまいます。

父が亡くなり10年。
何かと父の思い出に浸る年だったのかしらと、
父の好きだった、チャイコフスキー『悲愴』の瞬間的に美しいメロディーが、よぎっています。

犬山城を背に帰路へ。

今年もいろいろな舞台を観ることができ、
贅沢かしらと若干の罪悪も感じながら、
こうして犬山に降り立ち、
父を身近に感じることが何よりの供養だと、
鼻歌を交え歩いています。

まっすぐ帰宅していた真面目な父と違い、
何か気になるお店があると入ってみたくなる私。

『ビストロ猫』をみつけ、ランチでひと休み。

はや師走。

私に関わってくださった方々に感謝を抱きつつ、
来年は早々に発表会もあり、
エンジンフル回転しなくてはと。

そして、また『犬山遊園』駅まで父の眼となり歩く。

ふと…犬山なのに…猫…なのね。

来年も皆様、無事に過ごせますように。

錦秋の京都南座

 

2025新春、南座で初笑いさせていただきました。

秋の京都、
藤山寛美さんの十八番[おはこ]
『一姫二太郎三かぼちゃ』
娘さんの藤山直美さんが演じるとのことで、胸踊りながら南座へ。

お話【優秀な兄弟のなかで、(失礼な言い方ですが)一番出来の悪い子が、
一番の親孝行で正直者。
コツコツ地道で、親の面倒も看る働き者。
欲が無く、親の喜ぶためなら…】

泣かせたかと思ったら、
現代のアドリブも入れ、大笑いさせる。
お父様の藤山寛美さんの芸は唯一無二でしたが、
直美さんもさすがの演技力。

二部『お祭り提灯』の丁稚姿も
お父様を彷彿させ、
耳に心地よい船場言葉。
これぞ上方喜劇。

幕前や幕間の序曲?と言うべきか、
出囃子?というべきか、、、
木琴のような音もあり懐かしく、久々に聴いた音色でした。

客層は年配の方ばかりで、
この上質な笑いは、
この先、伝承されていくのだろうか…。
子供の頃、
テレビで観たこの演目の役者さんは、ほぼ鬼籍に…。

映画『国宝』の中でも重要な演目、
歌舞伎『曽根崎心中』が、
近々上演されるらしく、
映画ロケ地でもある南座。

祇園四条、
レンタルであろう留袖を短く着付けスニーカーで歩いている若者を見かけましたが……賛否あるでしょうね…。

変わりゆく古都。
変わりゆく人波。

変わらなくてはいけないもの、
変わってほしくないもの、
線引きは個々に違うのでしょう。

洋モノ好きの私ですが、
笑いの芸だけは、和の質の良いものが残っていってほしい。

鴨川に虹がかかっていました。

上質な和モノを、
次の世代に渡す虹が出てほしい…と願うばかりです。

【8月9日】ショスタコーヴィチ

2025年8月9日.
ショスタコーヴィチ没後50年。
そして命日。

 

高関健マエストロ率いる名フィル。
荒井英治先生がソリスト
『ショスタコーヴィチ』バイオリン協奏曲1番、2番。他。のコンサートに出かけました。
まず、
兎にも角にも
荒井先生の演奏は素晴らしかった!
紳士的で穏やかな人格がみえるなか、
熱く、秘めたる情熱が爆発する演奏。
DSCH(ショスタコの名前を音名で表したもの)協奏曲。
何度も言いますが凄い演奏。
途切れない集中力に、
眼も耳も一瞬たりとも逃すまいと
こちらも必死でした。
G線の深い音色や、
ものすごく柔らかく天を見上げたくなる音色。
超絶技巧。エネルギッシュ。
長ーーいカデンツァ。
その鬼気迫る演奏に寄り添いサポートする高関マエストロ。


旧ソ連、スターリン統治下、
政府に(偽りの)迎合をする姿勢をとりながら、
心の中では反抗し、葛藤しながら作曲を続けていたショスタコ。
各々の曲にどのようなメッセージが隠されているのか、
識者はいろいろ研究しています。

まさに、このキナ臭い世の中を見て、
ショスタコは何を感じているのか…。
荒井先生もその思いを表現されていたのでは…。

カーテンコールは撮影可

8/9は長崎原爆投下の日。
祈念式典で流れた
『クスノキ』『千羽鶴』の合唱。
『千羽鶴』は、いろいろな色の鶴を折る様の歌詞で、
その鶴の『色』に意味が込められていて、日本人らしい繊細で優しい心が読み取れます。

8/6.広島の記念式典でも
子供達の誓いの言葉の頼しさ。
知事の、
『国破れて山河あり…ではなく、
国守りて山河なし』

わずか80年前の歴史に無関心のせいか、想像力の無さか、平和ボケのせいか、
本当に『山河なし』の危険性さえ感じます。

医師、永井隆博士の『長崎の鐘』。
母はこの歌が好きでよく歌っていました。
私も、子供の頃から何か心から溢れるものを感じ大好きな歌です。

この先も永遠に、
8/9は、2つのアンジェラスの鐘が鳴り響き、
ショスタコでなくとも、
このような素晴らしい音楽が聴ける、
ごく普通の日常が続くことを祈るばかりです。

この日、岐阜は長良川花火大会。
それぞれが、今は、平和を謳歌しています。

 

沖縄八十年

終戦から80年。
6月23日、沖縄『慰霊の日』追悼式。

12歳の少年が、台本を全く見ず、まっすぐ前を見据えて、おばあちゃんとの思い出を語る。
おばあちゃんが歌っていた戦時中の歌を、
聞き覚えでしっかり歌う。
おばあちゃんの想いを受け止め、 平和を語る。

少年の心に刻まれた、正眼での語りは聞き手の心に刺さる。

80年も経つと、
『歴史の書き換え』などと言いだす政治家もいる。

以前、北野武氏が、
昨今の情けない若者の横行にボソっと、
「おいらの親の世代が、こんな未来の若者たちのために戦争で死んでったんじゃないやい!…」と。
…グサっときました。

子供の頃、
NHK『名曲アルバム』で流れていた
『芭蕉布』という歌が好きで、
歌詞のとおり、
『海の青さに空の青、南の風に緑葉〜♪』

まだ行ったことのない沖縄に、
色彩豊かで綺麗なところなんだ…と思っていました。
歴史もまだわからなかったので父が言う、
「沖縄はドルだった。パスポートが必要。日本に返還された」という言葉に異国を感じたものでした。

でも、日本国として、
地上戦の激戦地で多くの命を失ったことは紛れもなく事実。

『芭蕉布』の着物はサラッとして、虫除けにもなり沖縄の文化でしたが、
この芭蕉も、アメリカ軍によってたくさん切られたそうです。

以前、沖縄を訪れたとき、
戦時中逃げ込んでいた洞穴をガイドさんが説明するさなか、
はしゃぎながら写真を撮っている若者に、
ガイドさんの「信じられない…」という怒りと悲しみの言葉を耳にし、
最後列にいた私は、
本土の人間として申し訳なさいっぱいで、
列から離れて、
その洞穴に深々とお辞儀をし、
手を合わせたものでした。

必ず誰かの命のうえに私たちは生きている。
誰かが犠牲になり、また繋いできたからこそ生きている。
決して忘れてはいけない。

終戦時、母は12歳。
岐阜空襲で2歳の妹を背負って逃げたことをよく聞きました。
しかし、
戦争映画は決して観ようとはしませんでした。

私も『戦争を知らない子供たち』ですが、
さきの大戦を経験した人々が少なくなる今、
平和ボケでなく、
本当の平和を守るため、
貴重な辛い体験は流布されるべきだと思います。

6月23日、『慰霊の日』
母の誕生日でもあり、

長文ですが書かずにはいられませんでした。

蓮の花は泥の中から、
見事に清らかで美しい花を咲かせます。
辛い歴史を知ってこそ、
平和を願う気持ちが大きくなるのでは。

名フィル凄かった

私…恥ずかしながら、
ガーシュインのピアノ協奏曲って知らない。。。聴いてみたい。
と思い、
5/17土曜日、愛知芸文ホール、
ベルリオーズ「幻想交響曲」とのカップリングプログラムの名フィル演奏会に出向きました。

フランスの
指揮者、J=クロード カサドシュ。
ピアノ、トーマス エンコ。

実際のお祖父ちゃんとお孫さんの共演です。
カサドシュは90歳!

どんな曲だろう?
ピアニスト登場!
なんと垢抜けた深いオレンジの衣装。
長身の美青年。物腰柔らか。

ガーシュインの音楽、
ニューヨークの喧騒が聞こえるようです。
時々、『ラプソディインブルー』や『チャールストン』、『ラグタイム』を想起させ、
グローフェの中西部の馬の音?と思わせたかと思うと、またニューヨークの宵、
摩天楼をペントハウスから眺めているかのようで、
最後は長い美しい夜が終わりを告げ、眩しい太陽が顔を出す…なんて感じの終わり方。

カデンツァはJAZZも弾きこなすピアニストの即興演奏。
ガーシュインだけどピアニストのパリのエスプリも感じ、
なんといっても、ピアニッシモの美しさと繊細な音色。
私の席からは一音に込める手さばきがよく見えました。

久々に素晴らしい演奏を聴いたと、これは記憶に残ります。

『幻想交響曲』
これもまた、グロテスクでもありながら妖しく激しく美しく、
90歳の円熟味と、若手が多くなった名フィルとの最高のバランスの演奏で、
首席客演コンマスの荒井英治先生。
先頭をきって、オケの手綱さばきをし、素晴らしい仕事ぶりで、オケ全体が熱演でした。

終演後、
「なんか二曲共凄かった」と、
幻想、幻覚に浸りながら、夢から覚めた瞬間ですが、
どうやら、
この余韻は長く続きそうです。

55年前の記憶

1970年、父が岡山に単身赴任していました。
家の整理の際、住んでいたアパートの住所が出てきて、
調べたら岡山駅から2.5キロ。

「よし、レンタサイクルで行ってみよう。父と歩いた旭川の堤防から岡山城が見えたはず」

55年ぶりに岡山に降り立ち、
『ももちゃり』なる自転車でいざ!!!
途中、「○○の住所はこちらですか?」と、道ゆく人に尋ね、到着。

新しい家が建っていて、
私の中の記憶とは全然違っていましたが、
それでも、
家族で歩いた、
岡山城を見ながらの旭川の堤防は、
変わらず、素敵な景観です。

「お父さん!働かせていただき、
住まわせていただいた岡山にお礼に来たよ」と、
55年前の、何もわからなかった子供の頃の記憶を辿り、
暑くも寒くもないサイクリング日和の天候にも感謝していました。

そして、
ハタと思いつき急遽、
倉敷の大原美術館へ。

「どれか好きなポストカードを買っていいから」と母に言われ、
子供ながら手にしたのが、
シダネルの『small table in evening dusk』

これも、55年前の記憶の絵画。

私のなかでは、
この絵にはドビュッシーの『美しい夕暮れ』が聴こえてきます。
できればチェロの音色で。

55年前、
岐阜から特急『つばめ』が走っていました。
もちろん今の新幹線の時間で岡山に行けるわけではありませんが、
父が、
岐阜から離れる時、岐阜に戻る時、
どんな気持ちで、長い時間『つばめ』に乗っていたのだろう…と、
新幹線『さくら』に乗りながら
涙が溢れそうになりました。

2025年は大阪万博。
奇しくも、
55年前も活気あふれた大阪万博が開催されていました。

昭和元禄落語心中ミュージカル

大阪フェスティバルホールにて、
日本初、日本発ミュージカルを観てきました。

山崎育三郎、古川雄太、明日海りおという、
ファン多き出演者のミュージカル。

一番に思うことは、
やはり、歌の上手い演者のミュージカルは安心して観れる。
そして、
日本が舞台。
それも落語という世界を取り上げての作品は、
これを機に、日本舞台の秀作が多く作られていくことを願うのみ。

元々はコミック、そしてNHKドラマとなり、ミュージカル化へと。
コミック、ドラマは知らなかったので、とりあえず知識は入れず観劇しました。

時代を映す、ブギウギあり、ロックあり。

落語をテーマにするということは、
ある程度、演者は噺を覚えなければいけない。…大変。

桂枝雀さんが好きだった私は、
「あの独特な高い声での痛快な喋りをもう一度聞きたい…五代目円楽さんも聞きたい…歌丸さんも…」なんて昭和を思い出していました。

山崎育三郎さんも古川雄太さんも、
それぞれの個性が光るキャラクターで、
何より、中村梅雀さん。
お歌も上手ですが、流石の演技力。
お父様の中村梅之助さんの『遠山の金さん』を思い出し、
大らかな梅之助さんの金さんが一番好きだったと、
これまた昭和がよぎります。

子役も優れていて、
初めて物語を知る私にも、
時の流れの交差が理解できる構成。

エネルギッシュで、日本的な艶っぽさも感じる新しい作品が世に出ました。

欲を言えば、
帰り際、中之島の桜と灯りと古き建物を横目に、
口ずさめるような耳に残る楽曲があれば。。。
なんて、肥後橋から淀屋橋まで帰路を急ぎました。

映画『FLOW』

ラトビア出身の監督、
アニメーション映画『FLOW』を観てきました。

素晴らしい。。。

セリフはありません。
動物の鳴き声と音楽のみ、
そして、とんでもなく美しい映像。

突然の洪水に見舞われ、ノアの箱舟ならぬ漂流船に異種の動物が乗り込み、波乱に立ち向かう流れ。
舞台も国が限定されていない、無国籍感満載。

各々の動物の特徴がそのまま描かれていて、またそれが、
「そりゃ。この動物はそういう行動に出るでしょ。でも、どうするのかな?」と、一気に90分観ることができました。

観終わって、
個性はそれぞれ違って当たり前。
特性を生かして協力できたときに、当たり前の幸せを得ることができる。
(ネタバレになるのでこのあたりで…)

この映画は『水』による災害でしたが、心苦しいのが、昨今の山火事。
人間も植物も、それこそ、見えないたくさんの動物たちが犠牲になっていることでしょう。

『水』も『火』も無くなてならないもの。
自然なものだけに、災害となるとちっぽけな人間には成す術がありません。

ありがたい『火と水』と共に、
自然のなかでは畏怖の念を抱いて
生きていかなければ。
動物と音楽と美しい映像に
改めて心の中の何かが動かされました。

セリフって時には邪魔なのね…。

春の調べ…かと思いきや

2025.3月16日、
ミッドランドスクエアホールにて、
『名フィル春の調べ』と題して
小編成のコンサートが行われました。

春の気候は変化が著しく外は雨でしたが、
ホールは温かな雰囲気で、多勢のお客様が待ち遠しそうにしていました。

viola奏者、吉田浩司氏編曲『春』にゆかりあるプログラム。

シュトラウスの『春の声』から始まり、
小編成にアレンジするのも大変…と思いながら
2曲目『美しき青きドナウ』は、
いきなり3拍子のウィンナワルツが4拍子の南国風に。
「あらら、ここはどこ?なんだか筋肉が休息モードに緩んでいく…」

ヴィバルディの『春』も、
普段この曲には登場していない鳥の声も聞こえたりして。

そんなこんなで最後まで、
どんなアレンジで羅列された曲達を征服していくのだろう…と、
興味深く聴かせていただきました。

『さくら』も、イントロでは『さくら』とわからず、
随分経ってから(すみません)、『さくら』のメロディーがフォルテで堂々と。

イントロの長さは、
開花はまだかと待つ日本人の心と同じ。
そして、
見事に満開になったときの喜び、驚き、高揚感がいきなり表されているようでした。

吉田浩司氏は、大学の同級生。
彼のアレンジ曲を聴くのは初めてで、
このような才能に恵まれているとはつゆ知らず、
「恐れ入りました」と脱帽です。

周知のクラシック曲が、
編曲によってどこの地域にも行けるし、
登場する生き物、感情も微妙に変わってくる。
拍子が変われば身体の動きも変わる。

楽器の特性を活かし、たぶん脳内でこのようにしたい…と思うものを譜面に落としていく作業は、大変だとは思いますが、
その手間があるからこそ、
意表を突かれた音楽が楽しくなる。

私は最後列に居たので、曲によっては、後ろの通路を踊りだしそうでした笑

毎年、たくさんの希望者のなか、
抽選で選ばれたお客様。

三寒四温の春。
外は雨で小寒くても楽しい音楽で同じ場所、時を過ごすのも、心がほっこり温まり、
こんな休日も良いのでは。

河津桜はチラホラ見かけますが、
今、まさに、長いイントロの如く、
ためにためて、王道の桜の満開を待つ時季。
パッと咲き、サッと散る。

3月19日現在の桜の木

桜の一瞬の美しさと、
音楽の瞬間芸術は似ているのかもしれませんね。

2017-2024 岩﨑バイオリン教室