2020.生誕没後〜ウィーンフィル来日

 

今年も残すところわずか。
北から日本列島が黄色く赤く染まっていきます。
昨年の今頃は、
年末の発表会、コンクールに向けて、いつものように、
当たり前にその行事がやってくると疑うこともなく、過ごしていました。

はや、一年。

今年のいろいろ予定されていたであろう、演奏会。
生誕○年、没後○年のたくさんの作曲家の演奏会が目白押しだったことでしょう。

♪ベードーヴェン生誕250年
♪タルティーニ 没後250年
♪ヴュータン  生誕200年
♪ブルッフ   没後100年
(タルティーニ、ヴュータン、ブルッフはバイオリンの名曲を残しています)
♪ヨーゼフ シュトラウス没後150年
♪レハール   生誕150年 etc

他にもたくさんの作曲家のメモリアルイヤーでしたが、残念です。

来年は
♪サン=サーンス 没後100年
♪ピアソラ    生誕100年etc

2021年3月3日には、
ウィーン在住のバイオリニスト、
荒井優利奈さんが
名古屋にて、
サン=サーンス作曲、
バイオリンコンチェルト第3番を
演奏予定です。

普段は演奏者に対して心の奥底でエールを送ることしか考えていませんでしたが、
今は演奏会そのものが無事に行われることを祈るのみ。

確か、昨年末のブログに、
無事に発表会が終われたことに安堵していたことを書きました。
これまた規模の違うこと。
地球規模の禍い。

そんななか、
2020.11月5日から、ウィーンフィルが
チャーター機で来日し、4日に一度の検査を自主的に行い、厳重な感染予防を施すなか
各都市で演奏会が行われます。

今回、聴きに行くことは叶いませんが、
『音楽大使として、日本の皆さまに
希望と喜びをお届けしたい』
とのメッセージに、胸躍る聴衆も多いことでしょう。

欧州では再び都市がロックダウン。
パリの友人からは、区役所がピンクになっていると。

第3波を危惧するところですが、
日本の中でも、クラッシック、エンターティメント、演劇界が少しずつ動き始め、しっかり予防対策をしながら、
恐る恐る人間の本能が求めるものに向かっています。

ウィーンフィルの『希望と喜び』のギフトを、
聴衆も無事で安全に受け取れるよう、
予防対策は厳重に、
そして大成功を祈りつつ、
来年の、あまたの演奏会に繋いでいただけたら、と、願うのみです。

楽友協会舞台頭上

人生のマジックアワー

NHKのドラマ『天使にリクエストを』というタイトルに惹かれ録画してみました。

冒頭、『人間には最期祈ることができる』?みたいな文が(録画を消してしまい正確には覚えていません)画面に流れ、
少し、真剣に観てみようと。

執筆の大森寿美男氏。
『人生の最後に最大の不幸「死」が待っている…と考えるのが最大の不幸で、死は平等。人生最後に願いを叶えてあげるのが幸せ』というテーマのドラマ。
この高齢化社会に、姥捨山的な考えではなく、本来、これが長い人生頑張ってきた先輩達への、感謝、慈愛の行動なのではないか。と、

父をおくり、今、母の面倒を看る私としては、賛同しながら観ていました。
また、その願いの手助けをするのが、ドラマの中で自らも辛い過去を持つ、アウトローな探偵(江口洋介)。

私の父は、40代から病を患い入退院の繰り返し。
常に「今度の入院で死んでしまうかも…」と、子供の頃から、心の奥底でなんとも言えない恐怖心があり、
12歳のときには、なんと、白髪が出ていました
(マリーアントワネットでさえ、白髪になったのは30代なのに笑)
でも、人の寿命、生かされる使命というものがあるのでしょうね。
84歳という倍の年齢を、常に病と闘いながら、人生、生ききってくれました。
最期を前に、
「緩和病院に行きたい?」
「家に居たい?」と尋ねたら、
こんな狭い家でも、
「絶対、家がいい。病院は嫌だ!」と言い、
父が望むように、
家で看護体制に入り、好きなものを食べ、
その頃は、毎日が大変でしたが、
今から思うと、3か月という時間、
私達に大した迷惑もかけず、ちょうど仕事納めの年末、静かに逝きました。
最期の晩餐は、大好きなpizza(ほぼ、食べれませんでしたが)。
前夜のとぼけた会話は、
『ちびまる子ちゃん』の、
友蔵とまる子の会話のようで、思い出すと笑えてきて一生忘れません。
病と闘い苦労した人生ですが、
父の生き様、死に様は、私に大きな学びを与えてくれました。

今、母が
施設もイヤ、ディサービスもイヤ。
周りからは
「仕事も家事も介護も、あなたが大変でしょう」と言われますが、確かに大変です。

でも、本人がイヤなら、無理強いしても仕方がない。
高齢者でも、選ぶ自由はある。と思い、
なんとか、私だけで介護できるうちは、母の願いのままにしてあげようと。
日々、無事に(無事でないときもありますが、大事には至っていません)終われたことに感謝する、
一日の夜の祈りです。

チャールズ チャップリンの名言。
『死と同じように避けられないものがある。
それは、生きることだ』
このコロナ禍、確かに名言です。

夕陽が落ちる前の
燃えるようなマジックアワーと
淡いマジックアワーに出会いました。

最期の直前の一瞬は、
全てを放出し昇華し、とても美しいものだと、
改めて、物事、自然の真理を感じた刹那でした。

『Mahsa』

ふと、高校時代、ユニークなキャラクターで、才能溢れる同級生のことが頭をよぎった。

そして、勝手に名前を検索。

やっぱり、活躍していた。
『Mahsa』こと今尾昌子さん。

2020.9/14、
彼女の岐阜新聞本社ロビーコンサートに、赴き、○十年ぶりの再会。

お客様を楽しませるパフォーマンス。
高校時代から、即興でピアノを操り、そして、今、自作の詩で歌い、
皆に元気オーラをふりかけている。
フットワークの広さ、軽さも凄い。

コンサート後、久々の会話。

やっぱり、自分を持っている人との会話は面白い。
自分の、
「今の生き方」
「これからの生き方」
「やってきたこと」
「やりたいこと」
「何が、自分にも周りの人達にも大切なのか」

人によって、人生で大切なものは違うだろう。

私も、年代によって違ってきている。
若い頃から、だんだんと余計なものが削ぎ落とされ、淘汰され、
「大切なもの」
「これからの生きたい生き方」が、少しずつ見えてきた。

自分がどのようになりたいか…。

それは、決して楽しい経験だけではなく、辛い経験ほど、たくさん学ぶことが多い。

彼女は、自分の人生や意義、目標を、
いろいろな意味を込めて、
『グラン ルー』(観覧車)に喩えている。

「Mahsaからのプレゼント」

人は、各々が自分のグラン ルーに乗っていることでしょう。

それぞれのグラン ルーに乗り、
ある時期周期が重なり出逢い、
お互いの速度で回り、
また再び、年月をかけ、
お互いのグラン ルーが、一瞬重なった。
お互い、何周も回るごとに経験を積み、
10代の頃のグラン ルーとは違い、
私の観覧車の窓から見える彼女のグラン ルーは、
様々な色彩や光を放ってて、
確実に眩しかった。

Mahsaさんのブログはこちら

さて、これからお互い、
この国でどのように生きるか…。

奇しくも、本日、新総理誕生。

麒麟がきた

今年は、大河ドラマと朝ドラが私的には面白い。

子供の頃に観た『国盗り物語』のキャストが潜在的にすり込まれていて、
どうか?…と思ったけれど、
なかなか、どうして、
俳優陣の演技に引き込まれ、
光秀側の視点でどのように描くのだろうと、録画予約していたら、
コロナで麒麟が渋滞してしまった。

朝ドラも、これまた個性的な登場人物に惹かれ、欠かさず、BS放送、7:30にはテレビ前に着座。
これまた、G.P(音楽用語でゲネラルパウぜ)

昔から、ふと思うことは、

確かに家康は250年もの天下泰平の世の中を作ったけれども、
もし、信長の意志の世になっていたら、

西洋と交流をもち、新しく珍しいものを受け入れ、
それこそ、西洋音楽も早くから入ってきていたのかも。
反面、いざこざも多いでしょうが。

もちろん、今の世とは違い、
伝わるのには年単位で時間がかかるけれど、
チェンバロ伝来、ベートーヴェン以後ピアノ。
バッハやヴィヴァルディの曲が、
日出ずる国にも流れていたかもしれない。
ヴァイオリンも、アマティだのグァルネリだの。
信長の子孫が所有していたりして。

…なんて、今更、有り得ない想像をしてしまいます。

医学も、基盤が早く整い、日本の研究の発展もどうだっただろう。
ただ、ウィルスも、同時に進化。

歴史上、人間とウィルスのイタチごっこですが、
今回も絶対に人間が勝つ!と信じて。

今の時代、
「麒麟」は、このウィルスに打ち勝つ人間の「叡智の結集」。
麒麟が早く来て欲しい!

道三、光秀、信長が、
天下を取ろうと画策した稲葉山城見上げる長良川付近で、
何匹か戯れるトンボを発見。


そうこうしているうちに、
2020、秋です。

岐阜非常事態宣言を受けてのお知らせ

今年は短い夏休みのうえ、自由に振る舞えないストレスが溜まることと思いますが、
猛暑の折、お部屋を閉め切っての冷房部屋でのレッスンに、
換気を完全にすることに私自身不安があるため、
全ての曜日のレッスンを
8/5から2週間、お休みいただきます。
お休みの分、年間回数は守らせていただきます。

お盆明け、マスク着用で、手消毒はご用意しておりますので、今まで通り、必ずご使用して下さい。

ウィーンフィル再開

はや6月

2020.6/5、ウィーン、
ムジークフェライン黄金ホールにて、コンサートが再開されました。

当代の巨匠ピアニスト
『ダニエル.バレンボイム』指揮で
モーツァルト、ピアノ協奏曲(弾き振り)
ベートーベン、交響曲「運命」

観客は100名以下。

芸術や文化に対する敬意と、それが生活の一部になっているウィーン人にとっては、何より嬉しい再開でしょう。

続けて6/14には、
『リッカルド.ムーティ』指揮で、シューベルトやシュトラウスのプログラム。

ニューイヤーコンサート時の、
舞台に溢れんばかりの花々と
ドレスや時々和装の女性が彩る、華やかな客席。
桟敷席も舞台袖あたりもいっぱい。
…とは違い、かなり客席を空けての配置。
…関係者のリハーサルかしら?と思うほど。

しかし、
ひとりひとりの拍手は、いつもより大きく、『ありがとう!』という言葉が拍手に乗せられているような響きでした。

10年程前に、もったいなくも、この舞台に乗せていただきました。
舞台から見る客席。
この光景を忘れないでいようと思ったものでした。

舞台側と客席側が時間と場所を共有し、
そこに瞬間芸術が生まれ、同時にそれぞれの感動を覚える。
今まで、当たり前だったことが、
ソーシャルディスタンスの今、
奇跡に感じます。

まだ、時間的に短いプログラムみたいですが、

有事に一番必要ではない…かもしれない芸術が、
有事だからこそ、感情や感動を持ちあわせる人間には必要なもの。

だから、300年も前のバッハなどの音楽が、受け継がれ、今でも感動し、敬仰を抱き、何があっても間違いなくこの先も残っていくはず。

第二次世界大戦中の実在のユダヤ人ピアニストを描いた映画
『戦場のピアニスト』
悲惨なゲットー内での隠れ生活のなか、人目をはばかりピアノを爪弾くショパンの響きは、
暗く哀しい映像を吹き飛ばし、
涙が出るほどの美しさでした。

パリ解放…日本は?

予想通り、緊急事態宣言が延長です。
コロナの怖さには仕方ないと思いながらも、政府のビジョンの曖昧さに、
歯痒さしかありません。

そんななか、パリに住む友人から動画が送られてきました。

パリは3月にロックダウン。
病院内では3分にひとり亡くなる状態だったらしいです。

ロックダウン前のリュクサンブール公園。
普段は、人がいっぱいらしいのですが、
グレーの空と共に淋しい。

ロックダウン中、
薬局に行くため外出したら、交通量激減のため空気がキレイになり、すごく青空が澄んでいたそうです。

5/11にロックダウン解除の宣言が出た途端、
まだ、ロックダウン中なのに、
人々が街に流れているらしく、
イギリスやフランスに住む日本人は、そのような行動をとらないため、
欧州人とは違うポリシーに、不思議がられているみたいです。
でも、自分の身は自分で守らなきゃ!と、友人は言っています。
そのとおりだと思います。

国によって、首脳の判断が違う。
この国はいつも曖昧。

そもそも、、、
今から言っても遅いのですが、
台湾やニュージーランドの女性首相のように、ハッキリした初動判断の違い。

スマートライフ…?
…それは、今、苦しんでいる人達を救ってから、その後の話。
スマートにしなきゃいけないのは、
ややこしいこの国の手続き。

フランス解除後、ウィルスとの闘いがどのようになるかはわかりません。

ノルマンディー上陸でパリ解放へ導いた連合国軍(当時の日本では敵国ですが)のような存在は、
今回はいません。

結構頑張っているこの国の人々は、今、
未知のウィルスと、
ドイツの首相のように、芸術家に対する敬意の気持ちはこれっぽっちも感じられない、想像力と創造力に欠ける首脳陣と向き合わなきゃいけないんですね。

後者に対するワクチンは、どこにあるのでしょうか。

《昭和》だけど癒されるサウンド

少し前、ふとCMから流れてきた
「somethin’ stupid」の心地よさを感じ、
早速、この曲に浸りたくなりYouTube検索。

元々はフランク.シナトラと娘さんの仲睦まじい(シナトラはいろいろ黒い噂もありますが…)デュエットソングです。が
邦題「恋のひとこと」。
故大滝詠一と竹内まりやのハーモニーもとても素敵です。(こちらの方が良いかも)

間奏のストリングス(弦楽器)の高音のアレンジも、どこか遠い異国へ誘ってくれているようで、
昭和の時代のストリングスの使い方、好きです。

すごく古いですが、
昔、深夜に流れていた城達也のラジオ番組、
『ジェットストリーム』のテーマ曲、「Mister.lonely」もストリングスの音色に、一日の終わりの癒しを感じていました。…まだ、大学生でしたが(笑)

高校時代、爆発的に売れた、
『A long vacation』『ナイアガラ トライアングル』のアルバムで、大滝詠一、佐野元春などを知り、
(私達、音楽科のクラスでも、カセットテープが出回るほど)
大滝詠一のアンニュイだけど、上手くて甘い歌声に、どんな人だろう??と、
友人達と想像していました。
……今のようにすぐ検索できませんからね。

特に印象的だったのが、
私の記憶が確かかどうかわかりませんが、
海辺で、松坂慶子さんが、品良く美しく素敵なサマードレスでグラスと共にたたずむ、眼薬のCM。
BGMは、大滝詠一の「カナリア諸島にて」。

この曲も素敵なストリングスのアレンジが入り、このCMが流れるたびに、ブラウン管を観ていました。

弦楽器の典型的な特長を上手く取り入れているアレンジを聴くと、
なんだか、素直に「いいなぁ」って、
こんな複雑な時代だからか、感じます。

カナリア諸島…どこにあるの?と、
高校時代調べた記憶があります。
アフリカ大陸の横、スペイン領で欧州人の避暑地。
昭和の時代は夢のまた夢の異国。

平成になり、海外がとても近くなりましたが、

令和が始まり、今は、別の意味で遠いですね。

《豪華版、民衆の歌》

『♪戦う者の歌が聴こえるか〜
鼓動が、あのドラムと響きあえば』

ミュージカル界の豪華メンバーが、
『レ、ミゼラブル』の「民衆の歌」を
リモートで歌いあげています。

歌唱力抜群のラミン.カリムルー氏も参加。
ガブローシュ役だった加藤清史郎君も、大きくなって…。

【レミゼの民衆が戦う相手は、
フランスの権力者。貧富の差】

今も、この国の権力者の判断に物申したいことはたくさんあるけれど、、、

今は、戦う相手は目に見えないウィルス。
今は、自粛生活にどうにかなりそうな自分自身の精神力。
今は、自分自身が、この病気と戦っている人々、
命を救う医療従事者への感謝と安息を祈り続ける心。

『♪列に入れよ。我らの味方に』

だとしたら、世の中、時々どうでもいいことで場外乱闘が起きていることが???、、、
わからない。
どうでもいいことは、頭のなかで削除。
戦う相手はひとつ。皆一緒。

『♪砦の向こうに世界がある。
戦え、それが自由への道』

今回の砦は地球規模ですごく大きい。

学校授業が再開できないなか、
一部の若者達が署名を集め、世の中を動かそうとしている。
彼らの道を応援することしかできないけれど、
有事に先導をきる若者が出てくると
頼もしさを感じる。

同時にほんの一部の情けない大人には悲しくなる。

『♪新たに熱い生命が始まる
明日がきたとき、そうさ明日が』

ジャン.バルジャンもジャベールも
ファンティーヌも エポリーヌも
マリウスもコゼットもガブローシュもひとつになって明日を信じて熱唱している。

 

そういえば、何年か前に、発表会の合奏でこの曲をアレンジして、
子供も大人も、みんなでひとつになって一緒に弾きました。

亡き父も、
『ああ、無情』という一切れのパンのために…という話があってな…。と、
小さな頃、話してくれたのを思い出します。

『豪華版 民衆の歌』
私は豪華ではない、単なる民衆の一人だけど、

私も一緒に歌おう!!

『我慢』できる強さ

お仕事自粛中で、はっきり言って『ヒマ』です。

お部屋で自粛中

ニュースで、中心地の人波は減っても、商店街や海など行楽地の人の多さ。
なぜ、我慢できないのだろう???と、不思議に思ってしまいます。
多くの命のために皆が我慢してるのに。

結局、
『我慢』って、昨日や今日、培われるものではないんだな、って。

少なくとも私の周りの、
小さな頃から芸事を習ってきて、
毎週毎週決まった時間にレッスンにいく子供時代。
習い事を諦めず、継続した中高校時代を過ごした友人達は、皆、必要最小限の外出にしています。
なぜ自粛しなきゃいけないのか理解しているから。
それに対する忍耐力があるから。
(これは芸事には限りませんが)

子供時代から習い事をしてきて、
必ずしも順風満帆にきたわけでもなく、
やめたくなったり、練習したくなかったり、叱られたり、
実技試験の前の日なんて、
『明日、学校が火事になればいいのに』…なんて、
ひどいことを、たぶん、みんな思ったと思います。
でも、何事もなく、無事に実技試験は行われるんですよねぇ。…これが…

みんな、
時には友達の誘いを断って、優先順位を決め、やらなきゃいけないことをやる。

意味のない我慢はしなくていいと思うのですが、
今は、意味のある我慢。

『我慢、忍耐』って、子供の頃からの積み重ねで、
大人になってから、それを得ようとしても、『時すでに遅し』

経済が回らなくなり苦しんでいる人。
危険と隣り合わせで命を救い続けている医療従事者。
救うのは、私達ひとりひとりの我慢。

我慢していても、必要な外出でウィルスを拾うことがあるかもしれません。
こんなことを言ってても、私の明日もどうなることやら。

『忍び耐えた』あとの、
数々の楽しい出来事を思い描きましょう。

きっと、その時の喜びは、
今、どこか遊びに行く喜び以上に、
もっと、当たり前だったことが当たり前ではないと心の底から感じ、
我慢した人ほど大きな喜びになるのでは。

TVから医療従事者へ向け、
銀座和光、服部時計店(母は未だにこの呼び方です)の
『命の鐘』が聞こえてきました。

ふと、今の朝ドラ、古関裕而さんの『長崎の鐘』が頭をよぎります。

兵庫県立芸術文化センター監督、指揮者の佐渡裕さんも、
「すみれの花咲く頃」の動画でみんなの心をひとつにしてくれています。

ヴァイオリンの街、イタリアクレモナでは、日本人ヴァイオリニストが、医療従事者へ向け、屋根の上で素敵な音色を奏でています。

映画『ニューシネマパラダイス』の美しい旋律と、鐘楼が浮かび上がる夕暮れのなか、生きる力を表すような真紅のドレスに、
勇気と癒しと祈りが、音の雫となって、クレモナの空気を浄化しているようでした。