白夜のオランジュリー

1987年
前年に駅を改装してオープンした
パリ、オルセー美術館に入場したら、
すごい人、人、人。

混み合うなかで折角の絵画を観るのは好きではないのでサッサと外へ。

セーヌ沿いをフラフラしていたら、
風景に溶け込んでいる
オランジュリー美術館に遭遇。
この頃はあまりオランジュリーのことには詳しくありませんが。

館内、落ち着いていて、
印象派の絵画が多く、
道順に従い階段を降りたら、、、

息が止まるかと思うくらいビックリして、思わず声をあげてしまいました。

360度、『モネの睡蓮』

まさかここで出会えるとは思わず、
嬉しくて嬉しくて、
静寂な空間で腰掛け、
時間を楽しんでいました。

その2年後、1989年
エッフェル塔建築100年。
フランス革命200年の記念の年にもパリを訪れ、またまたオランジュリーに。

時々、パリに住む友人から写真や動画が送られてきます。
セーヌ川の遊覧船バトームーシュからの映像。
「あっ、オルセー、あっ、修復中のノートルダム」と
今のパリを見ながら、
私も夏の白い夜に乗った記憶がよぎりました。

「私、オランジュリーが好きなの」と伝えたら、
毎年、白夜の頃に、
その『睡蓮』の空間で一晩中カルテットの演奏会が催されるらしく、
並んでチケットを取るそうです。

絶対に行きたい。
友人も「是非、一緒に行こう」って。

白夜、睡蓮、弦楽の素敵な組み合わせ。
自然、芸術、空間。
なんて贅沢。

目標があると、
コロナ禍の自粛生活も頑張れます。

セーヌ川に立つ、
小さな、本家の『自由の女神』

【どうか世の中がおさまり、人々に安寧が訪れ、
行動の自由を私達に与えてください】

異国と自国

ちょうど50年前に作られたストーリー性のあるショー。
『ノバボサノバ』

当時にしては斬新なダンス。
3日間のカーニバルでの随所の恋。
太陽が降り注ぎ
海のきらめきが想像できる曲達。
でも、哀愁をおびて
なんとも切ないメロディーラインの曲も。
八百屋舞台
(舞台上が観やすいように斜めの舞台)

子供の頃再演を観た私と友人は、
よくノバボサノバごっこをしていました。

カリオカの主人公ソール(太陽)
カーニバルの旅行者、白人のエストレーラ(星)
ストーリーがしっかりあるのに、
セリフは
最後の「エストレーラ!」の、
ひと言のみ。

50年前なのに作者の自由な発想が受け入れられ、今観ても全然古くない。

「エストレーラ」…星…

メキシコの作曲家ポンセのバイオリン曲
『エストレリータ(小さな星)』

巨匠ハイフェッツが編曲し、
哀愁あり、可愛らしくもあり、
でもどこかjazzyな要素もある素敵な曲。
これも子供の頃、
NHK名曲アルバムで初めて聴いて、
なんて素敵な曲だろうと。

同じくメキシコの医師であり作曲家が作った民謡
『ラ ゴロンドリーナ(つばめ)』
名曲アルバムでは、
辛い状況の外つ国から、
祖国を想う切ない気持ちを、
トランペットが哀愁込めて
歌いあげていました。

 

…とある国が
期限までに脱出しなければいけないほど危険な状態に。

現地から一刻も早く祖国に帰してあげたい。
他国のために働いてきた現地の人々も一緒に。

なぜ、現地の我が国のトップは真っ先に退避したのか。
他国は知恵を絞って最善を尽くしたのに。

…タイタニックを思い出した…。

…杉原千畝さんの人道的な行動は、
ただの歴史上の物語になってしまっているのだろうか…。

50年前の作品は全然色褪せないのに、
わずか75年程前の善行は忘れ去られてしまっている。
しかも杉原さんの功績が認められたのは随分経ってから。

ゴロンドリーナのようにその時期を察し、
自由に大空を飛び立ち、
目的地に到達できればいいのにと、
ひとつしかない空を見上げながら
願うばかりです。

古都で欧州の響き

京都上桂、
青山音楽記念館バロックザール、
荒井優利奈さんのバイオリンコンサートに出かけました。

事前に感染対策をしっかり考え、
行きも帰りも新幹線の車両には、なんと2名だけ。
ホールは200のキャパに100名までの入場。
もちろんクラシックコンサートなので、舞台上も客席も声をあげる人はいません。

出かけるときは晴天でしたが、
京都駅に着き、突然の豪雨。
ホールに向かう時刻になったら、
無事、雨は止んで、
少しだけ晴れ女の役目を果たせたでしょうか。

初めて行くホール。
桂から阪急嵐山線で上桂下車。
住宅街?と思われるところに、
落ち着いたブラウンの建物。

京都堀川高校出身のピアニストにお尋ねしたら、
響きの良いホール…。とのことで、
楽しみにしていました。

【ベートーヴェンソナタ】
【バッハ無伴奏ソナタ】
【イザイ2曲】
【シューベルト.ヴァイオリンとピアノのためのファンタジー】

ピアノとのアンサンブル。
無伴奏曲。

音色の弾きわけ、合わせの繊細さ。
ボーイングの妙技。
本当に、贔屓目ではありませんが、
音楽的に素晴らしく、
とても好きな演奏です。
舞台上から気品も溢れ、
贅沢な時間を過ごせました。

 

コロナ禍、第5波感染拡大。
選手は素晴らしいけれどオリンピックのよくわからない裏側。
同じくよくわからない首相の発言。
京都駅での突然の豪雨。

全て忘れた上質な2時間でした。

蒸し暑さが肌にまとわりつく鬱陶しい季節ですが、
響きの良いホールで聴く脈々と受け継がれる名曲。
心地よい緊張感と、
グァルネリの深い音色と癒しの瞬間、

そして何より、
技術だけでなく音楽的に見事な演奏に圧倒され、
鬱積した現世からかけ離れた空間でした。

小規模の素敵なホールで、
クラシック音楽を愛する人達だけで
身近に聴けるコンサートは、
やっぱりいいですね。

古都でのヨーロッパの香り、
佳き瞬間をありがとうございました。

コンビニで購入した今人気の抹茶ラテ。
京都嵐山の麓で飲むと、
妙になんだかしっくり馴染んでる感がし、
ミルクの甘さを宇治茶の渋みでおさえ、喉ごしよく美味でした。

これまた『和洋折衷』

コロナ禍の発表会

2021.7/3(土)
ヴァイオリン.ヴィオラ発表会を行いました。
2週間前までは、まん延防止のためホールが閉鎖されていましたが、
無事に開館され、舞台がある有り難さを生まれて初めて感じました。
他地方では天災の被害があるなか、
岐阜はお天気にも恵まれ、
どのように感謝したらよいのだろう…と、
朝、考えてしまいました。

<当日朝、わが家の屋上から>

ソロ演奏は、
小さな子も大学生も立派に弾ききり、
私が言うのも変ですが、素晴らしかったです。
足をお運び下さった祖父母の方々にも喜んでいただけたようで、
私の亡き父がもし会場にいたら、
同じように目を細めて、嬉しそうに聴いていたことでしょう。

最後の全員合奏は、
『レ ミゼラブル』より
「心は愛に溢れて〜民衆の歌」
以前のブログにも書きましたが、
このコロナ禍、敵は見えないですが、
みんなでワンチームになり勝ちたい!という気持ちから選曲しました。
タイミングよく、
今現在、帝国劇場〜梅田芸術劇場で上演されています。

合奏練習の場所も開館するかどうか不安でしたが、
これまた無事に合わせ練習ができ、
全てが奇跡のようです。

今まで当たり前だったことが、当たり前ではない。
どんなことでも無事に事が進んでいるのに、
不平不満を言うことの恥ずかしさ。

感染対策のため、
親御さんにもいろいろご尽力いただき、
私ひとりの力では何もできません。
またひとつ、「感謝」を学ばせていただきました。

「どのように感謝したらよいのだろう???」
朝、ふっと湧いた疑問。

やはり、私自身も精進して、
おごることなく、正直に、
また次回に繋いでいけるよう積み上げていくことが感謝をお返しすることではないか、と、
夜、ホッとひと息つき、
疲れた身体を、
「心は愛に溢れて」のメロディーが包んでくれていました。

 

 

 

静寂

帰宅すると、まずテレビをつける毎日。
録画に追われる生活も嫌なので、
ニュースと、何か興味があるものがやっていればできる限りオンタイムで観る。
曲を聴く時は、スマホを前に置き、他の音を遮断。
電話のときも必ず音が出るものは消す。

最近リニューアルされた大手スーパーの、商品宣伝のための館内放送が延々と大声で喋り続けていて、
やたら耳障り。
レジ店員と話す声も大きくなり、
これって感染防止になるかしら?と
首をかしげる。

中学生の時に読んだ、
筒井康隆か星新一か忘れましたが、(たぶん筒井康隆)
短編のSFブラックユーモア集

《【国の法律で個人個人が延々とレコードをかけ続けなければいけなくなった。
最初は好きな曲を聴く毎日に主人公は大喜び。
しかし時が経ち、
街中に溢れる騒音に嫌気がさし、
無音のレコードを購入しようとしたら、かなり高額な値段。
結局、静寂は最終的に求めるもので、
高価値】》
という、たぶんこんなお話。

コロナ禍で、
静かに話すことに慣れ、
大きな話し声やBGMの音量が気になりだし、
このお話が頭をよぎった。

随分昔に書かれた短編集だけれど、
現代を予測してか、なんとも面白い。

何気に、夜、テレビを消してみた。
いろいろな自然の音、生活音が聞こえてくる。
シ〜ン…という音も確かに聞こえる。

部屋の中をふと見上げてみた。
部屋を照らすあたたかな灯り。


窓の外をふと眺めてみた。
ちょっと赤めの見事な三日月。

静寂だと、聴覚だけでなく視覚にも感じるものがある。

こんな日もたまには良いかも。

自らの脳内レコードは何の曲をかけようかと考えたけれど、
今夜はやはり無音がいい。

香り. 薫る

マスク生活も1年以上。
よく考えたら、何気なく漂う自然の薫りや好きなフレグランスの香りを楽しむことなく、マスクに覆われて臭覚が閉ざされた状態に。
なんか、虚しい。

ちょうど紫陽花の時季。
雨の匂いや初夏の湿気を帯びた肌で感じる薫り。
鬱陶しい季節ですが、やはり四季の薫りを感じないのは寂しい。

昔話をひとつ。
18世紀
西域カシュガルのウィグル族ホージャ家の美しい女性が、
清の乾隆帝の所望で、
民族も文化も宗教も違う紫禁城に召されました。
その後は、様々な伝説がありますが、
乾隆帝を拒み続け、故郷を想い、自らこの世を去った。という説を私は信じ、
潔いこの美しい『香妃』に20代の頃
惹かれました。
香妃の死後もその身体から、砂ナツメ(沙棗)の芳香が漂ったとか。

昔、有名化粧品メーカーが
「沙棗(SASO)」というパルファムを出し
すでに香妃に憧れていた私は、すぐに購入。
砂漠に咲く黄色い花の沙棗(さそう)。
甘いだけでなく、どこか爽やかでエキゾチックで、香妃を連想させるからか凛とした香りがとても好きでした。
再販してほしいくらいです。

このコロナ禍で人々が疲弊し、
アジアンヘイト、ウィグル族への弾圧、
世界で人種差別が更に広がり、
何故?と悲しい想いでニュースを見ていますが、
ゴルフ界では笹生(さそう)さんの頑張りが脚光を浴び、
同じアジア人として嬉しい限りです。

早くマスクが外せる世がきて、五感で愉しみ、
そして、人として正しい六識を養うことができるよう願うしかありません。

2021. 発表会への祈り

2021. 7月、発表会を行います。
このコロナ禍、
一年前日程を決め会場を押さえるとき、
オリンピックが開催できるかどうか?は、さておき、
感染状況に関わらず、
国の威信をかけて必ず開催するという姿勢を、ギリギリまで崩さないだろう…
何としてもワクチンを行き渡らせようとするのでは…と予想し、
この日に決めました。

が、しかし、
多くの日本人にワクチンが行き渡るのはいつのことやら。
国力の無さに愕然としています。

呆れモードのなか、
そんなことを言っていても仕方ない、
今、できることをやるしかないと切り替え、
夏に向け、親御さんのご協力のもと、生徒さん達も私も頑張っています。

発表会のソロ曲は、
どんな小さなお子さんでも、
必ず基礎を順々に積み上げたクラッシック曲。
これは絶対のポリシー。

バイオリンは基礎がしっかりしていないと、たとえキラキラ星でも綺麗には弾けません。

園児から大学生までの全体合奏は、
こんな時世だからこそ、
『レ ミゼラブル』より
「心は愛にあふれて〜民衆のうた」
人類が団結して、この見えない恐怖に打ち勝ちたい!という気持ちから、
この曲を選びました。

今回も、
苦手だけれど自分の感性を信じて、
頭を抱えながらバイオリン2パートに編曲し、
小さなお子さんのために、簡単な別パートも加え、
全員でソーシャルディスタンスの舞台を想定しながら、今から出来上がりを想像しています。

今回は、
事前に来場して下さるご家族の皆様の個人情報も頂戴し、
感染予防のため、親御さんにもご協力いただき行わせていただきますが、
何より無事に全員が当日集まることができ、
その後も無事であることを願うのみです。

練習の努力は各々できますが、
見えない敵への努力は、
できる防御はしていてもどうしようもないもの。
私の明日もわかりません。

今年ほど、
皆さんの努力したソロ曲と、
最後の勇ましい「民衆のうた」を、
弾きたい、聴きたい年は、
未だかつてありません。

うたかたの如く消えぬよう、
開催を祈るのみです。

遠い松竹座

春には、暖かくなり少しはコロナも収まるかしらと予想し、
4月の大阪松竹座、
大好きな演者さんのチケットを取っていました。

コロナ禍、我慢していたぶん、
朝ドラでも、
『鶴亀家庭劇〜鶴亀新喜劇』が取り上げられているように、
松竹座に足を運べることを、
ものすごく楽しみにしていました。

しかし…
公演中止。
かなりの凹み具合です。
そうこうしているうちに関西は大変なことに。

考えようによっては、
変異株で更なる感染拡大し、
行くのを迷っていたところに諦めがつき、
安全を手に入れたのかも。

お芝居の『泣き笑い』は紙一重。

中止は残念ですが、
もしかしたら危険回避と、
これも明暗紙一重。
(どこに居ても、その人の行動の在り方が重要なんでしょうが)

それでも、やっぱり悔しくて、
懐かしい藤山寛美さんのDVDを購入してしまいました(笑)
子供の頃の記憶を辿り、タイトルのみで購入。

やっぱり、面白い。
喋りのテンポ、間、
たぶんアドリブであろう場面、
ちょっとした仕草。
でも、しっかり、
人として当たり前のことを、
見栄も体裁もない、
少しぬけている主人公が堰を切ったように語る。
同時にお客様の熱い賛同の拍手。
藤山寛美さんの芸に魅入り、
私も笑いながら泣いている。

昭和、平成、令和、
どんな時代でも戒めなくてはいけないことを、
面白ろ可笑しく、
笑いと涙で諭してくれている。
とても大切なこと。

道頓堀の赤い灯、青い灯。
通天閣は赤色に染まっていますが、
早く危険な赤は消え、
ゴチャゴチャした何でもアリの街色と共に、
見上げれば、
「松」や「竹」と同じ、
緑色が灯りますように。

『バーバパパ』のがっこう

最初に、
『バーバパパ』読んだことありません。
ごめんなさい!

母校である小学校が、少数化のため隣りの小学校に併合され、
校舎があきました。
そのため、不登校の子供達のための中学校が新設されます。

京大からみえた准教授のスピーチが会場の涙を誘ったとか。

【『義務教育」
義務を負っているのは大人であって、子供達には学びたいと思ったときに学べる『学習権』がある

教室の中の、正方形のタイルのようにまっすぐ並べる子だけが学んでいいというわけではなく、
いつ、どこで、だれと、なにを学びたいのか選択できる。
大人がそれを提供しなくてはいけない。

その学校が北欧のような教育先進国ではなく、
日本の真ん中、この岐阜に作られる。

《バーバパパのような学校を作りたい。》

このチャレンジには戸惑いもあるし、結果がでるかどうかはわからないが、温かく見守っていただければ…】と。
(興味のある方は、検索して全文をお読み下さい)

父が、
『子供にはそれぞれ得意なものがある。
それを親がいろいろ提供してみて、この子は何が得意かを見つけだしてあげることが親の責任だ』と、
よく言葉にしていました。

私が幼稚園の頃は、
絵画教室、音楽教室に通い、
水泳は、長良川という岐阜市民には泳げる場所があったので、習ったことはありませんでした。

幼稚園の頃の絵画教室。
教室に置いてあるモノ、何でもいいから好きなモノを描く。
という絵画教室が好きで、
どちらかというと音楽より好きだったかもしれません。
小学生の頃の絵画教室では、教室の外の景色を描く。
いつも変わり映えしない風景、
変わらない色彩にだんだんつまらなく感じたのを覚えています。

絵画ひとつをとっても、
子供なりのこだわりがあり、
子供の感性ってちょっとしたことで火がつくかどうか。
視覚、聴覚、触覚に訴えかけるもの。
同じ人間はいないのだから、何に興味があるのか、
大人は探らないといけないですね。

高齢の母を見ていてもそう。
優等生か、まあまあ普通でないと、
デイサービス等のお世話になるところでは、頭を下げることばかりでした。

みんなが正方形のタイルではなく、
いびつで、角ばったり、丸みがあったり、厚みがあったり、ペラペラだったり、材質が違ったり、
同じ形はひとつも無い。

ご近所のこの新しい中学校が、この先子供達にどのような影響を与えるのか楽しみです。
20年、30年経って、
『あの学校の生徒で良かった』と思える大人がたくさん輩出されますように。

3月31日、
暖かな陽気に誘われ、自転車で気持ちよくお買い物に出かけると、
学校の桜が咲いていました。

大きな桜の樹。
西側と東側の桜は、
同じではなく、
咲く時期、散る時期が違っています。

2021.ウィーンフィルニューイヤーコンサート

楽友協会黄金ホールからのニューイヤーコンサート。

小学3年生のとき、
初めてシュトラウスを聴き、
学校から帰ると毎日『春の声』や『皇帝円舞曲』『ウィーンの森の物語』などカセットテープがすり切れるほど聴き、心躍らせていました。
我が家は、
衛星放送で生中継される、新年のこの贅沢な時間を楽しみにし、
音楽にうとい父も、必ず19時にはスタンバイ。
テレビの前で静かに聴いていました。
父も『音楽はいいなぁ』と。

今年は特別。
無観客で、あらかじめリモートで繋がっている全世界の人々からの拍手、bravo!

ここ数年は録画して、後日観ていましたが、
やはり、オンタイムで聴かないと!と思い、全世界と同じ時間を共有。

今年は巨匠リッカルド.ムーティ指揮。
昨年、コロナ禍、万全対策して、6/14、指揮台に登場しました。

国立バレエ団の衣装デザインは、
『クリスチャン.ラクロア』
母が洋裁の仕事をしていたため、
TV番組『ファッション通信』の視聴者だった私は、
ラクロアの、
個性的で、独特な色彩の組み合わせ、
大胆なセンスの衣装が大好きでした。
黄金ホールを飾る色とりどりの花々。
総合芸術のニューイヤーコンサート。

ムーティの言葉、
『音楽、文化、劇場をいかなる状況でもなくしてはならない』
楽団員は毎日PCR検査を受け、
ウィーンフィルの音色、響きを壊さないためにも通常の楽器配置、
この徹底した
【安全対策で伝統を守る】が、
今年の、ニューイヤーコンサート。

楽団長も、
『お客様が10人であっても100人であっても、ウィーンフィルの響きを裏切らない演奏を』と。


1938年、
ナチスドイツのオーストリア併合で、オーストリア人の不満がつのらないよう、このコンサートが始まったそうです。

今年こそ、
明るく楽しい、希望に満ちた音楽、映像に、癒されています。

無観客…。
テレビの前の私だけのために、このコンサートが催されているようで、
元旦の夜を静かに、
この一年に希望を抱き、喜びを感じ、前を向くことができるよう、
そんな時間を提供してくれたニューイヤーコンサートでした。

来年の指揮者はピアニストである巨匠、ダニエル.バレンボイム。

2020.6/5、コロナ禍、最初に指揮台に立ったバレンボイム、
来年のニューイヤーコンサートも今から楽しみですが、
今年のニューイヤーコンサートは、
忘れ難いギフトをいただいた…
そんな一年の始まりでした。