2021.ウィーンフィルニューイヤーコンサート

楽友協会黄金ホールからのニューイヤーコンサート。

小学3年生のとき、
初めてシュトラウスを聴き、
学校から帰ると毎日『春の声』や『皇帝円舞曲』『ウィーンの森の物語』などカセットテープがすり切れるほど聴き、心躍らせていました。
我が家は、
衛星放送で生中継される、新年のこの贅沢な時間を楽しみにし、
音楽にうとい父も、必ず19時にはスタンバイ。
テレビの前で静かに聴いていました。
父も『音楽はいいなぁ』と。

今年は特別。
無観客で、あらかじめリモートで繋がっている全世界の人々からの拍手、bravo!

ここ数年は録画して、後日観ていましたが、
やはり、オンタイムで聴かないと!と思い、全世界と同じ時間を共有。

今年は巨匠リッカルド.ムーティ指揮。
昨年、コロナ禍、万全対策して、6/14、指揮台に登場しました。

国立バレエ団の衣装デザインは、
『クリスチャン.ラクロア』
母が洋裁の仕事をしていたため、
TV番組『ファッション通信』の視聴者だった私は、
ラクロアの、
個性的で、独特な色彩の組み合わせ、
大胆なセンスの衣装が大好きでした。
黄金ホールを飾る色とりどりの花々。
総合芸術のニューイヤーコンサート。

ムーティの言葉、
『音楽、文化、劇場をいかなる状況でもなくしてはならない』
楽団員は毎日PCR検査を受け、
ウィーンフィルの音色、響きを壊さないためにも通常の楽器配置、
この徹底した
【安全対策で伝統を守る】が、
今年の、ニューイヤーコンサート。

楽団長も、
『お客様が10人であっても100人であっても、ウィーンフィルの響きを裏切らない演奏を』と。


1938年、
ナチスドイツのオーストリア併合で、オーストリア人の不満がつのらないよう、このコンサートが始まったそうです。

今年こそ、
明るく楽しい、希望に満ちた音楽、映像に、癒されています。

無観客…。
テレビの前の私だけのために、このコンサートが催されているようで、
元旦の夜を静かに、
この一年に希望を抱き、喜びを感じ、前を向くことができるよう、
そんな時間を提供してくれたニューイヤーコンサートでした。

来年の指揮者はピアニストである巨匠、ダニエル.バレンボイム。

2020.6/5、コロナ禍、最初に指揮台に立ったバレンボイム、
来年のニューイヤーコンサートも今から楽しみですが、
今年のニューイヤーコンサートは、
忘れ難いギフトをいただいた…
そんな一年の始まりでした。

2020年終わりに。

毎年、
年賀状は写真入りにしていますが、
今年は、その写真が無い状態…。
ステイホームの一年。

確保していたチケットの、いくつがキャンセルになったのだろう?

感染予防のため、窮屈な授業、レッスン。

この一年で多くの命が消え、仕事を失い、精神も壊れ、
常に頑張っている人たちへの安息と援助は未だ確保されていない。

あっという間に師走。
せめてリースを飾り、
生徒さん達には、いつものように
帰り際にクリスマスプレゼントの小さなお菓子を。
毎年恒例のことが無事にできた。

《この一年、何を得たのだろう?》

取捨選択し、必要なことを見つめる心眼。
何気ない日々の生活が当たり前ではないこと。
一日が無事に終わることのありがたさ。
人との繋がりの大切さ。

そして、このウィルスは、自分だけが犠牲になるのではなく、
周りに迷惑をかけてしまう。

『民度が高い』と信じているこの国の人々は、
他の人のために、個々に感染予防をしている。

私は、友人に会うとき、必ず扇子を持ち歩く。
マスクを外さなくてはいけないときは、扇子で口元を塞ぐ。
40年ぶりに再会した同級生から、
その『私スタイル』に、
恐縮ながら、お褒めの文面のブログをいただいた。
そう思ってもらえたことが嬉しい。

共存と勝利まで、まだまだ続くであろう、この闘い。
『他のためを考え』という意識が、アイデアを出させる。

ヘミングウェイ作
ゲーリー.クーパーと
ショートカットが鮮烈だった
イングリット.バーグマンの映画にもなった
『誰がために鐘は鳴る』

映画のタイトルは
ジョン.ダンの詩から。

【我は人類の一人なれば、誰の死も我を傷つける。
誰が(たが)為に弔いの鐘は鳴ると問うなかれ。
弔いの鐘は汝が為に鳴る】

要するに、
他人の不幸に無関心、
苦しみを想像できず同じ心を共有できないことへの戒めの詩。

時代を超えても、
人間である以上、普遍、不変のテーマですね。

古関裕而さんの『長崎の鐘』
【慰め、励まし♪】
子供の頃から、よく母が口ずさんでいました。
長調好きで、西洋っぽい綺麗なメロディーラインが好きな母は、
曲途中の、この長調のメロディーからしか歌いません。
朝ドラ『エール』でもあったように、
どん底まで落ちたら、
その先には『希望』がある。

2021年は
地球規模で、希望の光が灯りますように。

2020.生誕没後〜ウィーンフィル来日

 

今年も残すところわずか。
北から日本列島が黄色く赤く染まっていきます。
昨年の今頃は、
年末の発表会、コンクールに向けて、いつものように、
当たり前にその行事がやってくると疑うこともなく、過ごしていました。

はや、一年。

今年のいろいろ予定されていたであろう、演奏会。
生誕○年、没後○年のたくさんの作曲家の演奏会が目白押しだったことでしょう。

♪ベードーヴェン生誕250年
♪タルティーニ 没後250年
♪ヴュータン  生誕200年
♪ブルッフ   没後100年
(タルティーニ、ヴュータン、ブルッフはバイオリンの名曲を残しています)
♪ヨーゼフ シュトラウス没後150年
♪レハール   生誕150年 etc

他にもたくさんの作曲家のメモリアルイヤーでしたが、残念です。

来年は
♪サン=サーンス 没後100年
♪ピアソラ    生誕100年etc

2021年3月3日には、
ウィーン在住のバイオリニスト、
荒井優利奈さんが
名古屋にて、
サン=サーンス作曲、
バイオリンコンチェルト第3番を
演奏予定です。

普段は演奏者に対して心の奥底でエールを送ることしか考えていませんでしたが、
今は演奏会そのものが無事に行われることを祈るのみ。

確か、昨年末のブログに、
無事に発表会が終われたことに安堵していたことを書きました。
これまた規模の違うこと。
地球規模の禍い。

そんななか、
2020.11月5日から、ウィーンフィルが
チャーター機で来日し、4日に一度の検査を自主的に行い、厳重な感染予防を施すなか
各都市で演奏会が行われます。

今回、聴きに行くことは叶いませんが、
『音楽大使として、日本の皆さまに
希望と喜びをお届けしたい』
とのメッセージに、胸躍る聴衆も多いことでしょう。

欧州では再び都市がロックダウン。
パリの友人からは、区役所がピンクになっていると。

第3波を危惧するところですが、
日本の中でも、クラッシック、エンターティメント、演劇界が少しずつ動き始め、しっかり予防対策をしながら、
恐る恐る人間の本能が求めるものに向かっています。

ウィーンフィルの『希望と喜び』のギフトを、
聴衆も無事で安全に受け取れるよう、
予防対策は厳重に、
そして大成功を祈りつつ、
来年の、あまたの演奏会に繋いでいただけたら、と、願うのみです。

楽友協会舞台頭上

人生のマジックアワー

NHKのドラマ『天使にリクエストを』というタイトルに惹かれ録画してみました。

冒頭、『人間には最期祈ることができる』?みたいな文が(録画を消してしまい正確には覚えていません)画面に流れ、
少し、真剣に観てみようと。

執筆の大森寿美男氏。
『人生の最後に最大の不幸「死」が待っている…と考えるのが最大の不幸で、死は平等。人生最後に願いを叶えてあげるのが幸せ』というテーマのドラマ。
この高齢化社会に、姥捨山的な考えではなく、本来、これが長い人生頑張ってきた先輩達への、感謝、慈愛の行動なのではないか。と、

父をおくり、今、母の面倒を看る私としては、賛同しながら観ていました。
また、その願いの手助けをするのが、ドラマの中で自らも辛い過去を持つ、アウトローな探偵(江口洋介)。

私の父は、40代から病を患い入退院の繰り返し。
常に「今度の入院で死んでしまうかも…」と、子供の頃から、心の奥底でなんとも言えない恐怖心があり、
12歳のときには、なんと、白髪が出ていました
(マリーアントワネットでさえ、白髪になったのは30代なのに笑)
でも、人の寿命、生かされる使命というものがあるのでしょうね。
84歳という倍の年齢を、常に病と闘いながら、人生、生ききってくれました。
最期を前に、
「緩和病院に行きたい?」
「家に居たい?」と尋ねたら、
こんな狭い家でも、
「絶対、家がいい。病院は嫌だ!」と言い、
父が望むように、
家で看護体制に入り、好きなものを食べ、
その頃は、毎日が大変でしたが、
今から思うと、3か月という時間、
私達に大した迷惑もかけず、ちょうど仕事納めの年末、静かに逝きました。
最期の晩餐は、大好きなpizza(ほぼ、食べれませんでしたが)。
前夜のとぼけた会話は、
『ちびまる子ちゃん』の、
友蔵とまる子の会話のようで、思い出すと笑えてきて一生忘れません。
病と闘い苦労した人生ですが、
父の生き様、死に様は、私に大きな学びを与えてくれました。

今、母が
施設もイヤ、ディサービスもイヤ。
周りからは
「仕事も家事も介護も、あなたが大変でしょう」と言われますが、確かに大変です。

でも、本人がイヤなら、無理強いしても仕方がない。
高齢者でも、選ぶ自由はある。と思い、
なんとか、私だけで介護できるうちは、母の願いのままにしてあげようと。
日々、無事に(無事でないときもありますが、大事には至っていません)終われたことに感謝する、
一日の夜の祈りです。

チャールズ チャップリンの名言。
『死と同じように避けられないものがある。
それは、生きることだ』
このコロナ禍、確かに名言です。

夕陽が落ちる前の
燃えるようなマジックアワーと
淡いマジックアワーに出会いました。

最期の直前の一瞬は、
全てを放出し昇華し、とても美しいものだと、
改めて、物事、自然の真理を感じた刹那でした。

『Mahsa』

ふと、高校時代、ユニークなキャラクターで、才能溢れる同級生のことが頭をよぎった。

そして、勝手に名前を検索。

やっぱり、活躍していた。
『Mahsa』こと今尾昌子さん。

2020.9/14、
彼女の岐阜新聞本社ロビーコンサートに、赴き、○十年ぶりの再会。

お客様を楽しませるパフォーマンス。
高校時代から、即興でピアノを操り、そして、今、自作の詩で歌い、
皆に元気オーラをふりかけている。
フットワークの広さ、軽さも凄い。

コンサート後、久々の会話。

やっぱり、自分を持っている人との会話は面白い。
自分の、
「今の生き方」
「これからの生き方」
「やってきたこと」
「やりたいこと」
「何が、自分にも周りの人達にも大切なのか」

人によって、人生で大切なものは違うだろう。

私も、年代によって違ってきている。
若い頃から、だんだんと余計なものが削ぎ落とされ、淘汰され、
「大切なもの」
「これからの生きたい生き方」が、少しずつ見えてきた。

自分がどのようになりたいか…。

それは、決して楽しい経験だけではなく、辛い経験ほど、たくさん学ぶことが多い。

彼女は、自分の人生や意義、目標を、
いろいろな意味を込めて、
『グラン ルー』(観覧車)に喩えている。

「Mahsaからのプレゼント」

人は、各々が自分のグラン ルーに乗っていることでしょう。

それぞれのグラン ルーに乗り、
ある時期周期が重なり出逢い、
お互いの速度で回り、
また再び、年月をかけ、
お互いのグラン ルーが、一瞬重なった。
お互い、何周も回るごとに経験を積み、
10代の頃のグラン ルーとは違い、
私の観覧車の窓から見える彼女のグラン ルーは、
様々な色彩や光を放ってて、
確実に眩しかった。

Mahsaさんのブログはこちら

さて、これからお互い、
この国でどのように生きるか…。

奇しくも、本日、新総理誕生。

麒麟がきた

今年は、大河ドラマと朝ドラが私的には面白い。

子供の頃に観た『国盗り物語』のキャストが潜在的にすり込まれていて、
どうか?…と思ったけれど、
なかなか、どうして、
俳優陣の演技に引き込まれ、
光秀側の視点でどのように描くのだろうと、録画予約していたら、
コロナで麒麟が渋滞してしまった。

朝ドラも、これまた個性的な登場人物に惹かれ、欠かさず、BS放送、7:30にはテレビ前に着座。
これまた、G.P(音楽用語でゲネラルパウぜ)

昔から、ふと思うことは、

確かに家康は250年もの天下泰平の世の中を作ったけれども、
もし、信長の意志の世になっていたら、

西洋と交流をもち、新しく珍しいものを受け入れ、
それこそ、西洋音楽も早くから入ってきていたのかも。
反面、いざこざも多いでしょうが。

もちろん、今の世とは違い、
伝わるのには年単位で時間がかかるけれど、
チェンバロ伝来、ベートーヴェン以後ピアノ。
バッハやヴィヴァルディの曲が、
日出ずる国にも流れていたかもしれない。
ヴァイオリンも、アマティだのグァルネリだの。
信長の子孫が所有していたりして。

…なんて、今更、有り得ない想像をしてしまいます。

医学も、基盤が早く整い、日本の研究の発展もどうだっただろう。
ただ、ウィルスも、同時に進化。

歴史上、人間とウィルスのイタチごっこですが、
今回も絶対に人間が勝つ!と信じて。

今の時代、
「麒麟」は、このウィルスに打ち勝つ人間の「叡智の結集」。
麒麟が早く来て欲しい!

道三、光秀、信長が、
天下を取ろうと画策した稲葉山城見上げる長良川付近で、
何匹か戯れるトンボを発見。


そうこうしているうちに、
2020、秋です。

岐阜非常事態宣言を受けてのお知らせ

今年は短い夏休みのうえ、自由に振る舞えないストレスが溜まることと思いますが、
猛暑の折、お部屋を閉め切っての冷房部屋でのレッスンに、
換気を完全にすることに私自身不安があるため、
全ての曜日のレッスンを
8/5から2週間、お休みいただきます。
お休みの分、年間回数は守らせていただきます。

お盆明け、マスク着用で、手消毒はご用意しておりますので、今まで通り、必ずご使用して下さい。

ウィーンフィル再開

はや6月

2020.6/5、ウィーン、
ムジークフェライン黄金ホールにて、コンサートが再開されました。

当代の巨匠ピアニスト
『ダニエル.バレンボイム』指揮で
モーツァルト、ピアノ協奏曲(弾き振り)
ベートーベン、交響曲「運命」

観客は100名以下。

芸術や文化に対する敬意と、それが生活の一部になっているウィーン人にとっては、何より嬉しい再開でしょう。

続けて6/14には、
『リッカルド.ムーティ』指揮で、シューベルトやシュトラウスのプログラム。

ニューイヤーコンサート時の、
舞台に溢れんばかりの花々と
ドレスや時々和装の女性が彩る、華やかな客席。
桟敷席も舞台袖あたりもいっぱい。
…とは違い、かなり客席を空けての配置。
…関係者のリハーサルかしら?と思うほど。

しかし、
ひとりひとりの拍手は、いつもより大きく、『ありがとう!』という言葉が拍手に乗せられているような響きでした。

10年程前に、もったいなくも、この舞台に乗せていただきました。
舞台から見る客席。
この光景を忘れないでいようと思ったものでした。

舞台側と客席側が時間と場所を共有し、
そこに瞬間芸術が生まれ、同時にそれぞれの感動を覚える。
今まで、当たり前だったことが、
ソーシャルディスタンスの今、
奇跡に感じます。

まだ、時間的に短いプログラムみたいですが、

有事に一番必要ではない…かもしれない芸術が、
有事だからこそ、感情や感動を持ちあわせる人間には必要なもの。

だから、300年も前のバッハなどの音楽が、受け継がれ、今でも感動し、敬仰を抱き、何があっても間違いなくこの先も残っていくはず。

第二次世界大戦中の実在のユダヤ人ピアニストを描いた映画
『戦場のピアニスト』
悲惨なゲットー内での隠れ生活のなか、人目をはばかりピアノを爪弾くショパンの響きは、
暗く哀しい映像を吹き飛ばし、
涙が出るほどの美しさでした。

パリ解放…日本は?

予想通り、緊急事態宣言が延長です。
コロナの怖さには仕方ないと思いながらも、政府のビジョンの曖昧さに、
歯痒さしかありません。

そんななか、パリに住む友人から動画が送られてきました。

パリは3月にロックダウン。
病院内では3分にひとり亡くなる状態だったらしいです。

ロックダウン前のリュクサンブール公園。
普段は、人がいっぱいらしいのですが、
グレーの空と共に淋しい。

ロックダウン中、
薬局に行くため外出したら、交通量激減のため空気がキレイになり、すごく青空が澄んでいたそうです。

5/11にロックダウン解除の宣言が出た途端、
まだ、ロックダウン中なのに、
人々が街に流れているらしく、
イギリスやフランスに住む日本人は、そのような行動をとらないため、
欧州人とは違うポリシーに、不思議がられているみたいです。
でも、自分の身は自分で守らなきゃ!と、友人は言っています。
そのとおりだと思います。

国によって、首脳の判断が違う。
この国はいつも曖昧。

そもそも、、、
今から言っても遅いのですが、
台湾やニュージーランドの女性首相のように、ハッキリした初動判断の違い。

スマートライフ…?
…それは、今、苦しんでいる人達を救ってから、その後の話。
スマートにしなきゃいけないのは、
ややこしいこの国の手続き。

フランス解除後、ウィルスとの闘いがどのようになるかはわかりません。

ノルマンディー上陸でパリ解放へ導いた連合国軍(当時の日本では敵国ですが)のような存在は、
今回はいません。

結構頑張っているこの国の人々は、今、
未知のウィルスと、
ドイツの首相のように、芸術家に対する敬意の気持ちはこれっぽっちも感じられない、想像力と創造力に欠ける首脳陣と向き合わなきゃいけないんですね。

後者に対するワクチンは、どこにあるのでしょうか。

《昭和》だけど癒されるサウンド

少し前、ふとCMから流れてきた
「somethin’ stupid」の心地よさを感じ、
早速、この曲に浸りたくなりYouTube検索。

元々はフランク.シナトラと娘さんの仲睦まじい(シナトラはいろいろ黒い噂もありますが…)デュエットソングです。が
邦題「恋のひとこと」。
故大滝詠一と竹内まりやのハーモニーもとても素敵です。(こちらの方が良いかも)

間奏のストリングス(弦楽器)の高音のアレンジも、どこか遠い異国へ誘ってくれているようで、
昭和の時代のストリングスの使い方、好きです。

すごく古いですが、
昔、深夜に流れていた城達也のラジオ番組、
『ジェットストリーム』のテーマ曲、「Mister.lonely」もストリングスの音色に、一日の終わりの癒しを感じていました。…まだ、大学生でしたが(笑)

高校時代、爆発的に売れた、
『A long vacation』『ナイアガラ トライアングル』のアルバムで、大滝詠一、佐野元春などを知り、
(私達、音楽科のクラスでも、カセットテープが出回るほど)
大滝詠一のアンニュイだけど、上手くて甘い歌声に、どんな人だろう??と、
友人達と想像していました。
……今のようにすぐ検索できませんからね。

特に印象的だったのが、
私の記憶が確かかどうかわかりませんが、
海辺で、松坂慶子さんが、品良く美しく素敵なサマードレスでグラスと共にたたずむ、眼薬のCM。
BGMは、大滝詠一の「カナリア諸島にて」。

この曲も素敵なストリングスのアレンジが入り、このCMが流れるたびに、ブラウン管を観ていました。

弦楽器の典型的な特長を上手く取り入れているアレンジを聴くと、
なんだか、素直に「いいなぁ」って、
こんな複雑な時代だからか、感じます。

カナリア諸島…どこにあるの?と、
高校時代調べた記憶があります。
アフリカ大陸の横、スペイン領で欧州人の避暑地。
昭和の時代は夢のまた夢の異国。

平成になり、海外がとても近くなりましたが、

令和が始まり、今は、別の意味で遠いですね。