愛知県芸大.定期演奏会

2026.10/12
愛知県立芸大4年生になった かつての生徒さんが、
定演のソリストに選ばれ、
愛知芸文コンサートホールにて聴かせていただきました。

コルンゴルト「バイオリン協奏曲ニ長調」
2000年頃からよく弾かれるようになった曲ですが、
私達が学生の頃は認知が低く、
それもそのはず、
日本初演は1989年,

コルンゴルトは
オーストリア=ハンガリー帝国時代のオーストリア(現チェコ)出身のユダヤ人。
(フランツヨーゼフとエリザベートの時代ですね)
子供の頃から才能溢れ、神童と呼ばれながらも、
ナチスドイツ時代、アメリカへ亡命。

コンルゴルド…
この曲を最初に聴いたとき、
甘美で、何か世紀末の退廃的なものも感じ、
でも、少しアメリカチックな楽しさと、
スケールの大きな、
まさしく映画音楽のような流れのある美しさ…ロマンティックさ…と感じていたら(もちろん技巧は難です)
やはり、
亡命してからブロードウェイやハリウッドで生活のために仕事をし、
大戦後は、
『映画音楽に魂を売った下等な音楽家』とレッテルを貼られてしまった、
戦争に翻弄された作曲家です。

レッテルを貼られながらも
戦後に作られたこのバイオリン協奏は、
映画音楽っぽくあったとしても、
時代の流れに埋もれてしまっていた非凡な才能の作曲家だったということが伺い知れます。

1947年、ハイフェッツによって初演。

なんだか、
アルプスの麓の湖水地方で、何もかも忘れノスタルジーにかられ、
ほんの少しのもの寂しさと澄んだ空気に包まれ聴いていたい曲。
私としては、
ロケーションはもう一度行きたいコモ湖かなぁ…と
勝手に想像するのも楽しいです。

地球が泣いているのが聞こえてきそうな近い未来、
美しい欧州の歴史的建造物、自然が、人間の欲で次々と失われていきませんように…。

生徒さん、この緊張感ある舞台でよく弾いたと、心からの拍手と、
大学での4年間の成長が嬉しく、
また、この先も楽しみです。
【BRAVA!!!】

ポーの一族

【エドガー.アラン.ポー→江戸川乱歩】
【エドガー.アラン.ポー→ポーの一族のエドガーとアラン】

萩尾望都氏の傑作『ポーの一族』を、やはり宝塚ですが、観てきました。
初演も観劇しましたが、再演の今回はとにかく美しい。

当初、萩尾望都氏が、
ミュージカル化を許可しませんでしたが、
30年の時をかけ説得し、
満を持して、
2018年、ピジュアル的にも相応しい役者達で作り上げた初演『ポーの一族』

漫画派だった私は、
失望するのを懸念し、舞台に興味はなかったのですが、
たまたま東京宝塚で観劇。
「何…この世界観…!」と感動し、
今回の再演は、これまた更に相応しい演者達。

美しくて儚くて苦悩のバンパネラ(吸血鬼)として永遠の時を駆け抜けるエドガーとアランの孤独さ、切なさ…何もかもが、幻想の世界でした。
とにかく美しい。
(細かな分析は遠慮しますのでどなたかの書き込みを)

萩尾望都氏は初演も再演もご観劇され、大層喜ばれたそうです。

昔の漫画は、何か一本スジが通っている作家が多く、
萩尾望都氏の『トーマの心臓』とかは、もはや文学では…と思ったほどでした。

アメリカの作家『エドガーアランポー』からヒントを得て『江戸川乱歩』というペンネームへ。

エドガーがバンパネラである『ポーツネル家』と出逢ってしまったためにポーの一族へ、そして孤独なアランも。

7/27夕刻、
江戸川乱歩賞を取られた東野圭吾氏の訃報が流れました。若すぎる。
『白夜行』も『流星の絆』も、どれくらい前になるのでしょう…。
今でも記憶に残っています。
永遠の命は決して望みませんが、
作品は永遠の命を得、
そして人間の命というものは儚いものですね。。。

名フィル.60歳Happy birthday!

2026.7月10日、
名フィル60周年ということで、
東海地区ゆかりの豪華ソリストを迎え、楽しい演奏会が行われました。

[バイオリン]辻彩奈さん
ショーソン『詩曲』
[ピアノ]務川慧悟さん
プロコフィエフ『協奏曲1』
[チェロ]佐藤晴真さん
C.P.Eバッハ『協奏曲3』

各々の演奏はもちろん素晴らしく、
大好きなピアニスト.務川さんの音楽は繊細で、
色彩豊かな音符たちが、
はじけるように舞台を飛び舞っていました。

そして、
豪華にもそのソリスト達がオケに乗っての
ラヴェル『ボレロ』

1stVn.2plut表.辻さん、
チェレスタ.務川さん、
Vc首席.佐藤さん。
友情出演にSaxの上野耕平さん。

パリで学び、ラヴェルをこよなく愛する務川さんにとっては、特別な演奏だったことでしょう。

夢の競演で眼福でもありました。

最近、名フィルに足を運ぶようになって感じるのは、
弦楽器の強弱の幅が広くて、
特にPPの美しさ。
ハッと心を持っていかれます。

60年という年月が創りだした豊潤なハーモニーは、
東海地区に誇れるオーケストラが存在する証しとして、
いち聴衆としても嬉しい限りです。

名フィル還暦おめでとうございます。
ここからまた大還暦の始まりですね。

『黒蜥蜴』からあれやこれや

子供の頃、
『明智小五郎シリーズ』が好きで、
今回、宝塚ではありますが
『黒蜥蜴』が観たくて、春にはチケットをゲットしていました。

江戸川乱歩シリーズはテレビで観て、
アルセーヌルパンは小学校の図書館で読み漁り、
あとは、ホームズ、アガサクリスティー。。。

今、考えると、
江戸川乱歩も松本清張も、当時の日本だから可能なトリックでもあり、
今やふふっと笑ってしまうところもありますが、
昭和の匂い、時間経過や街の灯りの違い、埃っぽさも感じながら、
今よりも『美』に対する価値観が成熟していたように感じます。

美輪明宏さんの訃報。
その2日後の観劇。

宝塚は明智小五郎と緑川夫人をどのように演じるのだろう…?
…なかなか良かったのでは。

昭和の戦争〜から騒ぎな時代を生き抜いた、稀代な存在の美輪さん。

子供の頃『ヨイトマケのうた』を聴いたときは、
やるせなくて、それでも母親の愛情の強さを知り、
「たこつき」という、今や機械がする作業を女性もしていたのだと、
日本の貧しさから、少しずつ国が栄えていくサマをこの歌から感じたものでした。

この歌の低音のリズムはまさに「たこつき」の土台作りを想像させますが、
昨今の危うい日本の土台に流れるリズムは何なのかしら?

年齢性別を超えて、ひとりで何役もドラマティックに演じ分けられるアーティスト。
美輪さんの中には、
あのような時代を生き抜いたゆえ、清濁併せ呑んだ全てが含まれているのでしょうね。

三島由紀夫脚本の黒蜥蜴。
美輪さんの緑川夫人は、
当時、妖艶で不気味でどこか可愛らしいものがあったのでしょう。
(観てないので知りませんが)

歌詞にはメッセージ性がないと歌ではない…と仰っていた美輪さん。
昨今のリズムや機械音、同じような衣装…ではなく、
美しく意味深い日本語を駆使した、
伝えるべきことがある歌が廃れていく日本にはなってほしくない。

『愛の讃歌』も
エディットピアフ本来の天地が張り裂けるほどの愛を表現していらっしゃいます。

実際の金閣寺放火事件をもとに書かれた、
●三島由紀夫の『金閣寺』
●水上勉の『五番町夕霧楼』
同じ題材なのに、内面的なもの、情緒的なもの、描き出されるものが全然違い、アプローチの違いでこんなにも印象が違うのだと。
やはり多彩な日本語で綴られたものは魅了されます。

今年は宝塚ホテル開業100周年。
旧宝塚ホテルが93年で幕を閉じたとき偶然にも宿泊。


今回、100周年を記念して
手塚治虫氏のカードキーをいただき、
旧宝塚ホテル内でのブラックジャックの画に、子供のように嬉しくなっている私。
2028年は手塚治虫氏生誕100年です。

100年で日本の情緒も美意識も言葉も(言葉の変化は当たり前ですが)変わりゆき、
何か自己主張ばかり押し通す昨今、
古い言い方ですが、
『お天道さまに恥ずかしくない』自分を目指し、
日本の謙虚で奥ゆかしい精神だけは失いたくないものです。

星に願いを

2026.2月23日
発表会を行いました。
いつも通り、ソロ曲はそれぞれが頑張って舞台に立っていたと思います。

今年の合奏は、『カノン』と『ディズニー』から2曲

カノンは、生徒さんの年代によって難易度が変わるので、大丈夫かしらと心配していましたが、
みんなこの曲が好きなのか、
よく弾いていて、
1回の合わせ練習で、心配なく発表会を迎えることができました。

最後の合奏はディズニーから
『小さな世界〜星に願いを』

この曲は、30年程前、
「せっかく弦楽器を弾いているのだから全員で合奏がしたい…」という私の願望に、
岐阜の音楽教育にご尽力された作曲家、
堀江幹雄先生に編曲していただき、
それ以降、
私も編曲は素人ながら、
自らの編曲で必ず合奏はプログラムに入れています。

2014年3月に57歳の若さで鬼籍に入られた堀江先生。
今年は13回忌…ということにハタと気づき、
ならば絶対にこの曲で合奏を、と。

生徒さん達は、ソロ曲、カノンもあるなか、よく頑張ってくれました。

せっかく作曲、編曲した曲達。
譜面があるだけでは、
音楽として埋もれたままです。

音を出して、初めて音楽になり、
世に出て、誰かの耳に届き、
受け止め方はさまざまでも、
何か心に感じるものがあって、
初めて、その音楽が生きてくると思っています。
ピノキオが、心を入れてもらい、
感情を持ち、人間になれたように。

演奏家がいるからこそ、
バッハやモーツァルト、ベートーヴェン等、遥か昔の音楽を現代も聴くことができる。

そして作曲家は、

次世代の演奏家が譜面から作曲家の意図を読み取り、
奏でることによって、再度、認識され、
生き続けることができるのだと、
300年も前の作曲家ではなく、
同時代に生きた身近な作曲家によって、
再認識しました。

子供達のオーケストラの指揮もされていた堀江先生。

今回は感謝の気持ちを込めて
生徒さん達と一緒に音楽を空に届けることができたと思います。
願いが星に通じ、
その星の輝きが増したと信じています。

 

関わってくださった全ての皆様に、
【ありがとうございました♪】

2026.ディズニー

 

カノン、途中より

2026.ニューイヤーコンサート

元日夜は、恒例のウィーンフィルニューイヤーコンサート。

今年は、とにかく楽しかった。
そしてプログラムには、
異文化への理解、女性への敬意が感じられ、
新たな試み、伝統ある歴史の変革の年だったのでは。

カナダの指揮者
【ヤニック.ネゼ=セガン】

2022年、ウィーンフィルアメリカ公演の折、
ウクライナロシア戦争のため指揮者が来米できず、急遽、代役でウィーンフィルを救った、
明るくエンターティナーな資質の指揮者。

プログラムは例年と指向が違い、
インド、エジプト、黒人霊歌、アラビアンナイトにまつわるもの、
異文化の曲目が目新しかったです。

 

女性だけのオーケストラを作り、
1870年アメリカ公演を実現し、
1873年ウィーン万博でも指揮者として活躍した、
作曲家であり母でもある、
【ヨゼフィーネ.ヴァインリヒ】の
女性らしい甘く可愛らしい曲。

アフリカ系アメリカ人女性の
【フローレンス.プライス】
黒人霊歌やジャスのリズムと西欧を融合させた『レインボーワルツ』
これまた、ウィーンフィルが奏でると素敵で。。。

19世紀の欧州では、まだまだ弱い立場の女性。
その頃作られたシュトラウスの『女性の尊厳』ワルツ。

そして、
今年はウィーンフィル初来日から70周年。
指揮者が、【ヒンデミット】だったとは…。
コンマスは【ボスコフスキー】
なんだか、凄すぎる。

アンコールのラデツキー行進曲では、
指揮者が客席降りをして、会場が一体化し、
最後列のお客様は楽しかっただろうなぁ…と。

指揮者の恒例スピーチ
「それぞれの違いを受け入れれば、平和が訪れ、
kindnessが大切。
だって、same PLANETに居るのだから」

指揮者のお人柄が滲み出るニューイヤーコンサートでした。
楽しかったぁ!

来年はロシアの指揮者。
奇跡のような同じ地球に居るのだから、音楽を通して世界が穏やかになりますように。

今年は客席にバイオリニストの
【アンネ.ゾフィームター】を見つけ、
客席を見渡すのも楽しみのひとつです。

『2009年、楽友協会黄金ホールにて』

2025年

四季ではなく二季かしらと思うほどの2025年。
日本には四季があるからこそ生まれた文化、文学、芸術があるのに
100年後はどうなっているのでしょうね?

今秋は、
オーケストラや室内楽、
そして、かつての生徒が弾く
ブラームスの協奏曲等に浸ることができ、

また、キリスト教会では、
バッハ.パルティータ、
オルガンとのヘンデル.ソナタ、
ヴィターリ.シャコンヌ、
何よりオルガンで聴けたことが、
ヘンデルの時代もこうだったのだろうと、
時空を超え、当時の聴衆と化していました。

今春は、
大阪滞在中、
父が単身赴任していた岡山へ足を伸ばしてみたり、

12月には、
所用で犬山へ。

犬山も父が大病をしたあと、働かせていただいた場所。
木曽川を挟んだ近い土地とはいえ、なかなか行く機会がなく、
観光客も多くなった今、
かつての『名鉄犬山ホテル』だった
『ホテルインディゴ有楽苑』も、
何か、かつてとは違うと思いながらも、
見上げれば変わらず犬山城がそこにあり、
どこかに父の面影を探してしまいます。

父が亡くなり10年。
何かと父の思い出に浸る年だったのかしらと、
父の好きだった、チャイコフスキー『悲愴』の瞬間的に美しいメロディーが、よぎっています。

犬山城を背に帰路へ。

今年もいろいろな舞台を観ることができ、
贅沢かしらと若干の罪悪も感じながら、
こうして犬山に降り立ち、
父を身近に感じることが何よりの供養だと、
鼻歌を交え歩いています。

まっすぐ帰宅していた真面目な父と違い、
何か気になるお店があると入ってみたくなる私。

『ビストロ猫』をみつけ、ランチでひと休み。

はや師走。

私に関わってくださった方々に感謝を抱きつつ、
来年は早々に発表会もあり、
エンジンフル回転しなくてはと。

そして、また『犬山遊園』駅まで父の眼となり歩く。

ふと…犬山なのに…猫…なのね。

来年も皆様、無事に過ごせますように。

錦秋の京都南座

 

2025新春、南座で初笑いさせていただきました。

秋の京都、
藤山寛美さんの十八番[おはこ]
『一姫二太郎三かぼちゃ』
娘さんの藤山直美さんが演じるとのことで、胸踊りながら南座へ。

お話【優秀な兄弟のなかで、(失礼な言い方ですが)一番出来の悪い子が、
一番の親孝行で正直者。
コツコツ地道で、親の面倒も看る働き者。
欲が無く、親の喜ぶためなら…】

泣かせたかと思ったら、
現代のアドリブも入れ、大笑いさせる。
お父様の藤山寛美さんの芸は唯一無二でしたが、
直美さんもさすがの演技力。

二部『お祭り提灯』の丁稚姿も
お父様を彷彿させ、
耳に心地よい船場言葉。
これぞ上方喜劇。

幕前や幕間の序曲?と言うべきか、
出囃子?というべきか、、、
木琴のような音もあり懐かしく、久々に聴いた音色でした。

客層は年配の方ばかりで、
この上質な笑いは、
この先、伝承されていくのだろうか…。
子供の頃、
テレビで観たこの演目の役者さんは、ほぼ鬼籍に…。

映画『国宝』の中でも重要な演目、
歌舞伎『曽根崎心中』が、
近々上演されるらしく、
映画ロケ地でもある南座。

祇園四条、
レンタルであろう留袖を短く着付けスニーカーで歩いている若者を見かけましたが……賛否あるでしょうね…。

変わりゆく古都。
変わりゆく人波。

変わらなくてはいけないもの、
変わってほしくないもの、
線引きは個々に違うのでしょう。

洋モノ好きの私ですが、
笑いの芸だけは、和の質の良いものが残っていってほしい。

鴨川に虹がかかっていました。

上質な和モノを、
次の世代に渡す虹が出てほしい…と願うばかりです。

【8月9日】ショスタコーヴィチ

2025年8月9日.
ショスタコーヴィチ没後50年。
そして命日。

 

高関健マエストロ率いる名フィル。
荒井英治先生がソリスト
『ショスタコーヴィチ』バイオリン協奏曲1番、2番。他。のコンサートに出かけました。
まず、
兎にも角にも
荒井先生の演奏は素晴らしかった!
紳士的で穏やかな人格がみえるなか、
熱く、秘めたる情熱が爆発する演奏。
DSCH(ショスタコの名前を音名で表したもの)協奏曲。
何度も言いますが凄い演奏。
途切れない集中力に、
眼も耳も一瞬たりとも逃すまいと
こちらも必死でした。
G線の深い音色や、
ものすごく柔らかく天を見上げたくなる音色。
超絶技巧。エネルギッシュ。
長ーーいカデンツァ。
その鬼気迫る演奏に寄り添いサポートする高関マエストロ。


旧ソ連、スターリン統治下、
政府に(偽りの)迎合をする姿勢をとりながら、
心の中では反抗し、葛藤しながら作曲を続けていたショスタコ。
各々の曲にどのようなメッセージが隠されているのか、
識者はいろいろ研究しています。

まさに、このキナ臭い世の中を見て、
ショスタコは何を感じているのか…。
荒井先生もその思いを表現されていたのでは…。

カーテンコールは撮影可

8/9は長崎原爆投下の日。
祈念式典で流れた
『クスノキ』『千羽鶴』の合唱。
『千羽鶴』は、いろいろな色の鶴を折る様の歌詞で、
その鶴の『色』に意味が込められていて、日本人らしい繊細で優しい心が読み取れます。

8/6.広島の記念式典でも
子供達の誓いの言葉の頼しさ。
知事の、
『国破れて山河あり…ではなく、
国守りて山河なし』

わずか80年前の歴史に無関心のせいか、想像力の無さか、平和ボケのせいか、
本当に『山河なし』の危険性さえ感じます。

医師、永井隆博士の『長崎の鐘』。
母はこの歌が好きでよく歌っていました。
私も、子供の頃から何か心から溢れるものを感じ大好きな歌です。

この先も永遠に、
8/9は、2つのアンジェラスの鐘が鳴り響き、
ショスタコでなくとも、
このような素晴らしい音楽が聴ける、
ごく普通の日常が続くことを祈るばかりです。

この日、岐阜は長良川花火大会。
それぞれが、今は、平和を謳歌しています。

 

沖縄八十年

終戦から80年。
6月23日、沖縄『慰霊の日』追悼式。

12歳の少年が、台本を全く見ず、まっすぐ前を見据えて、おばあちゃんとの思い出を語る。
おばあちゃんが歌っていた戦時中の歌を、
聞き覚えでしっかり歌う。
おばあちゃんの想いを受け止め、 平和を語る。

少年の心に刻まれた、正眼での語りは聞き手の心に刺さる。

80年も経つと、
『歴史の書き換え』などと言いだす政治家もいる。

以前、北野武氏が、
昨今の情けない若者の横行にボソっと、
「おいらの親の世代が、こんな未来の若者たちのために戦争で死んでったんじゃないやい!…」と。
…グサっときました。

子供の頃、
NHK『名曲アルバム』で流れていた
『芭蕉布』という歌が好きで、
歌詞のとおり、
『海の青さに空の青、南の風に緑葉〜♪』

まだ行ったことのない沖縄に、
色彩豊かで綺麗なところなんだ…と思っていました。
歴史もまだわからなかったので父が言う、
「沖縄はドルだった。パスポートが必要。日本に返還された」という言葉に異国を感じたものでした。

でも、日本国として、
地上戦の激戦地で多くの命を失ったことは紛れもなく事実。

『芭蕉布』の着物はサラッとして、虫除けにもなり沖縄の文化でしたが、
この芭蕉も、アメリカ軍によってたくさん切られたそうです。

以前、沖縄を訪れたとき、
戦時中逃げ込んでいた洞穴をガイドさんが説明するさなか、
はしゃぎながら写真を撮っている若者に、
ガイドさんの「信じられない…」という怒りと悲しみの言葉を耳にし、
最後列にいた私は、
本土の人間として申し訳なさいっぱいで、
列から離れて、
その洞穴に深々とお辞儀をし、
手を合わせたものでした。

必ず誰かの命のうえに私たちは生きている。
誰かが犠牲になり、また繋いできたからこそ生きている。
決して忘れてはいけない。

終戦時、母は12歳。
岐阜空襲で2歳の妹を背負って逃げたことをよく聞きました。
しかし、
戦争映画は決して観ようとはしませんでした。

私も『戦争を知らない子供たち』ですが、
さきの大戦を経験した人々が少なくなる今、
平和ボケでなく、
本当の平和を守るため、
貴重な辛い体験は流布されるべきだと思います。

6月23日、『慰霊の日』
母の誕生日でもあり、

長文ですが書かずにはいられませんでした。

蓮の花は泥の中から、
見事に清らかで美しい花を咲かせます。
辛い歴史を知ってこそ、
平和を願う気持ちが大きくなるのでは。

2017-2024 岩﨑バイオリン教室