帰宅すると、まずテレビをつける毎日。
録画に追われる生活も嫌なので、
ニュースと、何か興味があるものがやっていればできる限りオンタイムで観る。
曲を聴く時は、スマホを前に置き、他の音を遮断。
電話のときも必ず音が出るものは消す。
最近リニューアルされた大手スーパーの、商品宣伝のための館内放送が延々と大声で喋り続けていて、
やたら耳障り。
レジ店員と話す声も大きくなり、
これって感染防止になるかしら?と
首をかしげる。
中学生の時に読んだ、
筒井康隆か星新一か忘れましたが、(たぶん筒井康隆)
短編のSFブラックユーモア集
《【国の法律で個人個人が延々とレコードをかけ続けなければいけなくなった。
最初は好きな曲を聴く毎日に主人公は大喜び。
しかし時が経ち、
街中に溢れる騒音に嫌気がさし、
無音のレコードを購入しようとしたら、かなり高額な値段。
結局、静寂は最終的に求めるもので、
高価値】》
という、たぶんこんなお話。
コロナ禍で、
静かに話すことに慣れ、
大きな話し声やBGMの音量が気になりだし、
このお話が頭をよぎった。
随分昔に書かれた短編集だけれど、
現代を予測してか、なんとも面白い。
何気に、夜、テレビを消してみた。
いろいろな自然の音、生活音が聞こえてくる。
シ〜ン…という音も確かに聞こえる。
部屋の中をふと見上げてみた。
部屋を照らすあたたかな灯り。
窓の外をふと眺めてみた。
ちょっと赤めの見事な三日月。
静寂だと、聴覚だけでなく視覚にも感じるものがある。
こんな日もたまには良いかも。
自らの脳内レコードは何の曲をかけようかと考えたけれど、
今夜はやはり無音がいい。