初笑い、京都南座

2025. 1月8日.
京都南座での松竹新喜劇にお邪魔しました。

初めての南座。

お話は、
シェイクスピアの『真夏の夜の夢』を元に、
時は大正、新喜劇らしく、面白可笑しく、客席降り、テンポ感もあり、
初笑いさせていただきました。

<↑撮影許可あり>

松竹新喜劇は、マンネリの笑いではなく、ちゃんと(?)面白い。

ベテランの曾我廼家文童さんもご出演で、
場を引き締めていらっしゃいました。

音楽でもメンデルスゾーンが、
『真夏の夜の夢』を作っており、
その中の『結婚行進曲』が、一番有名ですが、
個人的には序曲を弾くのが楽しかったです。

そして、
さすが京都。
一階桟敷席、上手側の席には、
花街らしく、舞妓さん芸妓さん方が、艶やかにたくさんの華を添えていらっしゃり、
私達観客も、目で楽しませていただき満足です。

一歩、外に出れば、
海外の観光客が非常に多く、
「う〜ん…古都が…」と思ってしまったりして…。

大学時代、
『四芸祭』というものがあり、
東京芸大、京都市立芸大、金沢美工大、そして愛知県芸大の国公立四大学で、毎年ホスト校が変わっての交流会がありました。

京都大会の折、
記憶では、この南座の裏あたりの小さな旅館に多勢で数日宿泊。
近所の銭湯を利用した際、
芸妓さんの名前が書いた籐籠がたくさんあり、
若干二十歳くらいの私は、
お姐さん方の私物から、
初めて日常の京都らしさを感じたものでした。

京都は観光客が多いだろうと、
今まで、あまり足を運びませんでしたが、
久々に祇園四条から烏丸まで気のむくまま散策し、
ちょうどお客が途切れていた鴨川沿いのレストランで、静かに外を眺め贅沢な時間。

森鴎外『高瀬舟』の舞台。
物流のために造られた運河『高瀬川』
立ち並ぶ現代の建築物に、
何か想像力が膨らむ…というのも難しいですが、
「そうそう、高瀬川、ここにあった!」と
若い頃も今も出会ったとき、なぜか嬉しかったです。

松竹新喜劇は、
来年お正月も、この南座公演が決定らしいです。

来年も初笑いをさせていただきたい。
そして皆さんにも、
この上質な「笑い」を知っていただきたい。

Xmas丸の内を歩きながら

「尋常性白斑」

聞き慣れない病名ですが、
私も昨年、初めてこの病気を知りました。

昨年、肌が少し白くなっているのをみつけると、
みるみるうちに全身に広がり、
マーブル状態に。

甲状腺の関係もあるらしいのですが、
原因も治療法もわからず
肌の色素が抜けていく病気です。

本来、
隠すべきことかもしれませんが、
あえて、公言することで、
多くの人に、この病気を知ってもらえれば…。

名市大病院が積極的に、治療法に取り組んでいます。

ただ、痛くも痒くもなく、
人にもうつらない、
内臓に影響無し。
本人が恥ずかしいだけ。

治験も考えましたが、
副作用が心配。

それより、
このような肌の病気があることを、
生徒さん達も
目の当たりにして知ってもらえれば、
この先、無知による差別は生まれないのでは。

様々な肌の色の人種がいて、
マーブルがあったっていいじゃない、と自身に投げかけています。

マイケル ジャクソンもこの病気だったみたいです。

ただ、今年の夏の暑さに反して、上着を羽織らなければならない状態は、とても辛かった。

外見に特徴、個性のある人達が、
何も気にならない世の中になれば嬉しい。

クリスマスイヴ
東京會舘で喜寿になられた安奈淳さんのディナーショーに行ってきました。

安奈さんも余命3日から復活し、
喜寿にして、素晴らしい歌声。
シャンソン、ジャズ、ピアソラも、自身の中で練られ持ち歌になり、
魅了させられました。

『シナーマン』も熱く歌われ、
「若い頃に歌ったシナーマンは凄かった!」と笑いを入れながら自身で仰られ、
確かに子供の頃に聴いたシナーマンはパワフルでしたが、
いやいや、今でも素晴らしい。

今年は越路吹雪さん生誕100周年。
大先輩の歌も披露。

ピアソラ『ブエノスアイレスのマリア』も、
年齢と経験を重ねられていらっしゃり
個性が際立つ歌唱だからこそ、
心が動かされます。

最近、
フィギアスケートで、
ピアソラ『アディオス ノニーノ』で演技されている選手がいて、
思わず、テレビを凝視しました。
艶っぽくて美しくて、
心の底から静かに涙する、
大好きな曲です。

尋常性白斑という病気になってしまいましたが、
生きているからこそ、
いろいろなことが起こってくる。
生きているからこそ。
これも個性。

世界では、
肌の色、領土、宗教、意味不明な差別と優越感で争っている現状。
人間がいる限り続くでしょうね。

【私達の上にはただ空があるだけ】

ジョンレノンの
『imagine』と
『happy christmas』が脳内で流れています。

安奈淳さんの
「78歳の来年も頑張る!」
という言葉に後押しされ、

東京會舘から日比谷までの
イルミネーションを見上げながら、
今年も、この光景に出会えた喜びで、
一瞬一瞬が大切な『今』なんだと、

そんな、イルミネーションの下に集まる、
これからを生きる若者達に、
個性の灯を消さないよう願うなか、

キラキラの空間から淡黒の空を見上げながら、
何か思惟にふける
2024.クリスマスイヴでした。

『RUNWAY』100周年の記憶

 

2024.12/4、
宝塚100周年当時のトップスターが集結したゴージャスなコンサート、
『RUNWAY』の初日を、
梅田芸術劇場にて堪能してきました。

社会的に宝塚は様々な問題を抱えていて、
私も物申したいところはありますが、
それはしっかり上層部、内部の改革を願うのみで、
観客に現実を忘れさせ、夢の舞台を届けてくれるのは事実。

2014年が100周年。
今から10年前。

当時のトップスターさんの
それぞれの演目の歌が流れたとき、

ふと、

10年前は、まだ両親も健在で、
どの組の演目もチケットが取れれば観に行っていた…

両親の身体の心配、食事の心配もすることなく、
安心して家をあけることができ、
帰宅すると両親に
「こんな舞台だった。こんな衣装だった。街でこんなトップスターさんに出会った」と、
よく話していたことを、
舞台を観ながら思い出していました。

10年で、こんなにも身を置く環境が変わるものなんだ。
帰ったら両親に感想を話したい…

当時の各組の歌が自然に口ずさめ、
未だ変わらないジェンヌさん達の姿に釘付けになり、
楽しくて楽しくて楽しくて、、、
幕が降りてからも、
懐かしさと嬉しさで心満たされていました。

この先10年後は私自身どうなっているかわかりません。

今、楽しめること、心踊るものに
たくさん触れ、
ここからは形無い心の感動の財産を蓄積していきたい。

10年前の心情も記憶として残っている。
ならば、
瞬間で終わってしまうものかもしれませんが、
感動の記憶は、
誰にも壊されないし誰にも奪われない。

私だけの大切な感動の記憶。
私だけの大切な無形財産です。

街の音楽会

丘陵地帯の
高蔵寺ニュータウン。
廃校になった小学校を地域の人達のために活用している施設、
『グルッポふじとう』にて、

名フィル首席奏者とピアニストによる三重奏が催されました。

空からコバルトブルーの絵の具が落ちてきそうな小春日和。

ハイドン、ベートーヴェン、アレンスキー、
私は初めて知りましたが、
フランスの作曲家ヴァンサン.ダンディ。
ジャズアレンジの曲もあり、
素敵な空間でした。

ベートーヴェン.ピアノトリオ4番「街の歌」
当時の作曲家ヴァイグルのアリアがウィーンの街でとても有名で、
そのテーマをベートーヴェンが使用したとのこと。

今ではヴァイグルという名も知られていませんが、
流行ってそんなもので、
現代は忘れ去られていくのが更に加速し、
世代ギャップを感じる昨今です。

それでも、100年200年300年前に作られた曲が、
演奏者がいるからこそ、
今も継承され、未来に残っていく。

ハイドンとかベートーヴェンとか、とかく難しく捉えがちですが、
(奏者はもちろん考えています)

聴衆は、それを聴いて、
どんな景色が現れ、
登場人物は誰で、
どんな色彩のなかに身を置き、
そして物語が始まり、何を感じ、
どんな感情が溢れてきたか…

それが耳からの贈り物だと思っています。

普段、
コンサートホールに出かけられないような世代の聴衆にとっても、
身近で、弦楽の調べが楽しめ、

どちらかというと、しっかりしたクラッシックのプログラムですが、
奏者のピアニッシモに徹底したこだわり、
弾くことの楽しさを感じたからなのか、
何か肩の力が抜けて聴け、
あっという間の1時間半でした。

とても綺麗にされている校舎。
高度経済成長の時代から、
たくさんの子供達が学び、遊び、
成長を育んだ場所。

穏やかな昼下がり。
学び舎のかつての子供達は
午後の授業で、
少し眠くなったり…
塾のことを気にしたり…
放課後の遊ぶ約束…

それぞれの時代の街の歌が、
この校舎から聴こえてきそうです。

洛西とWienと涼風

長かった酷暑からほんの少し解放されたのは、
まさにお彼岸を境にした9/23日。

京都、桂川を西に越え、
落ち着いた上桂駅で、阪急電車を降り、
わずかに日差しのやわらぎを感じながら、
青山バロックザールに向かいました。

ウィーン在住、
荒井優利奈さんのコンサート。

その日、阪急電車遅延もあったせいか、

シューマンの冒頭、ロマンティックで穏やかで美しい音楽に安堵し、
深みのある音色に癒されていました。

7年間、ウィーンで研鑽を積み、
今暫く、日本に滞在し、
まだまだ自身の磨きに挑戦していく姿は、
本当に芯が強く、
与えられた天性と、
並大抵ではない努力が成された果なのだと感服し、
舞台上では、
音符が輝きながら舞い踊っているようでした。

アンコールは『美しきロスマリン』

可憐で愛らしいロスマリンがそこに存在しているかのようで、
ヴァイオリニストによって、ロスマリンの風貌は変わるものだなぁ…と。

ここは都から離れた嵐山の麓。

ロスマリンもきっと、ウィーン郊外の自然豊かなところで、
これからの未来を夢見て過ごしていたことでしょう。
ロスマリンをまとう風は、
涼やかでとても軽やかでした。

La Vie en rose

岐阜高島屋閉店セレモニーのニュースを観ていたら、
「La Vie en rose(バラ色の人生)ラ ヴィアン ローズ」が流れ、

それまでは、
「高島屋が無くなったら、御進物や食料品はどこで買おう」
くらいに思っていたのですが、
(我家は歩いて10分)
エディットピアフの「バラ色の人生♪」と共に
シャッターが閉まるのを見て、
あれこれ思い出してしまいました。

高島屋ができたのは中学生の頃。
バラの広場で待ち合わせ。
大学の春休みに、
京風らーめん「あかさたな」でバイト。
素敵な服をみつけると、
仕立てと生地の質にうるさい母を公衆電話で呼び出し、
お墨付きをもらってから購入。
おかずが無いと、惣菜を買いに地下へ直行。
母も好きだった高島屋。

年代ごとにいろいろ思い出し、
なんだか感傷的になってしまいました。

47年
あまりに身近にあって、
当たり前のように利用していたので、
徐々に、淋しさと不便さが湧いてくるのでしょうね。

オードリーヘプバーン主演映画
『麗しのサブリナ』。
サブリナが、
NYから傷心を癒すためもあり、
パリに留学したとき、
夜の窓からはパリの景色。
この曲が流れ、
たどたどしいけれども、
この歌をよく口ずさみ、
パリで洗練された素敵なレディーに生まれ変わったサブリナ。

岐阜の柳ヶ瀬においては、
衰退の気配も感じながら、
サブリナのように、
変貌をとげるのを切に願うのみです。

パリ五輪の折、
『昼下がりの情事』もパリが舞台。
「魅惑のワルツ♪」もロマンティックな弦楽の調べです。

2024発表会

その日は
パリ祭で、
民衆が立ち上がった革命記念日。
民主主義を揺るがす、
歴史本に残るだろうアメリカ、
トランプ氏のアクシデント。
コロナが再び蔓延し始めた、
7月14日、
無事、発表会が終わりました。

幼稚園児から大学生まで、
皆さん、本当によく頑張ったと思います。
1週間前、
なぜか止まり止まりになってしまった生徒さん達が多数(汗)。
ゆっくり、丁寧に、楽譜をしっかり覚えて練習してね。としか言えなく、
祈る気持ちでしたが、
皆さん、本番はしっかり弾ききってくれて、ブラヴォー!です。

私が、
6月下旬にコロナ初罹患で、
レッスンもお休みし、
心配ではありましたが、
生徒さんを信じ、
また、この時期に感染したことが、有り難いと感じました。
(辛かったですが笑)
1.2週間遅ければ、
発表会は開けませんでした。
コロナに感染して『感謝』というのも変ですが、

ちょっとしたことで、小難が無難にコトが運ぶようになる。
高熱出しながらも感謝している自分に笑えてきました。

合奏は、
『キラキラ星』
『ユダスマカベウス』
全体合奏は、
長久手のジブリパークも徐々に充実してきて、
それにちなみ、
『ハウルの動く城』から2曲。

ここでも、コロナによるハプニングがあり、
どうしましょ…と思いましたが、
皆さんのご尽力で、
なんとか、無事、披露することができました。

いろいろな方法をみつけて、
信じて、目標だけに向かっていれば、
無事に過ぎていくものだと、
つくづく感じました。

この年齢にして、ひとつ勉強になりました。

生徒さん、ご家族の皆様、伴奏者、お手伝いくださった先生方、
(今年は名フィルの友人にも多大にお力をいただき)
そして、聴きに来てくださった皆様、
本当に、ありがとうございました。

毎年恒例、
父が好きだった北海道のバームクーヘンを子供達にお渡しすることができ何よりです。

良い夏の始まりでした。

三度目の正直ならぬ三度目の松竹座

 

2021年、
好きな演者さんのお芝居が観たいと、
大阪松竹座でのチケットをゲットしました。
あの当時、上演可能か心配するなかやはりコロナで全公演中止。

2022年、
同じ演目の再演が決まり、
楽しみに松竹座の前まで行き、
はたまたその場でその日から中止。
よくよく、縁がないものだと思っていたら、
今回、3度目にして、ようやく、
扉をくぐることができました。

しかも本拠地での松竹新喜劇。

子供の頃好きだった、
藤山寛美さんが立っていた舞台。

なんと、
お孫さんの藤山扇治郎さんにお取次していただき、
良席で泣き笑いさせていただきました。
古い人間かもしれませんが、
『笑い』って、こういうものよねって。

高田次郎さんが、
一瞬でも舞台にお立ちになっていたのには、懐かしさと驚きで、
隣席の姪御さんによると92歳とのこと。
素晴らしい。

若手古参が入り混じった松竹新喜劇。
良質な笑いを若手が伝承しようとしているのがよくわかり、
堪能させていただきました。

心に残るものは、
音楽でもお芝居でもなんでも、
個性的で質と品の良いもの。

泣き笑いと共に、
義理、人情、道理、温情、慈愛が
3時間のお芝居には詰まっていました。

観光客と極彩色で溢れ、
治外法権も感じる
道頓堀の赤い灯青い灯。

それでも、松竹座の中だけは、
懐かしくて勢いを感じる、
『古き佳き泣き笑いの灯』がともり、

その灯は、
ガス灯さながら、
なんとも温かく包み込まれるようで、
帰路が楽しくなる風情の灯でした。

これだけは貫きたい

バイオリンは難しいです。
音程を取るのも綺麗な音を出すのも。
『…持ち方も…』

はっきり言って、持ち方は自然に逆らっています。

バイオリンを手で持ってはいけない。
左腕、左手はひねらなきゃいけない。
右腕は自然な動きに逆らって弓を動かさなきゃいけない。
弓の持ち方は5本の指に意味があって、それをわかったうえで弓を持たなきゃいけない。

つくづく、
🎻「あなたに私を弾きこなせることができるの?」なんて、
楽器に嘲笑されているかのようです。

だからこそ、
教え始めて何十年もの間、
持ち方と基礎だけは、
私がわかる範囲でしっかりお伝えしようと心に決めてきました。

基礎がしっかりしていれば、
(プロが突き詰める基礎はもっと深いですし、流派もあります)
たとえ、弾かない時期があったとしても、再開することができます。

間違った持ち方のままだと、
正しい持ち方を修得するのに
倍以上の時間と努力が必要でしょう(何が正しいかの議論はありますが)
直らないことが多々です。

 

恩師が、
【持ち方の間違った生徒を排出することは罪だと思わない?…】と。

この言葉が何十年も心に刺さっています。

ここだけは、貫いてきた信念です。

さて、
今月は、その恩師の演奏会があります。
ボーイングのテクニックは本当に美しく、
私自身、もちろん『音楽』も、
再確認するチャンスです。

幼い頃の思い出

気候も良くなり、
なんとなく普段通らない道をお散歩していたら、
たわわに咲く木香薔薇に出会いました。


生徒さん達は今、
7月の発表会に向け、
まず、独奏曲の練習に頑張っているところです。

今年の合奏は、
幼稚園児のために、
小学5年生までの生徒さん達と
『キラキラ星』

小学生全員で、
『ユダスマカベウス』

大学生のソロ曲が終わってから
全員合奏で、
『ハウルの動く城』から「世界の約束」「人生のメリーゴーランド」


合奏曲はまだこれから練習に入るところですが、
今年も心に残る会になりますように…と、
夏まで、私も気を抜けない状態です。

今年は、
高校生のピアノソロ、トロンボーンソロにも演奏披露していただき、
また、合奏賛助として、
名フィルの友人、他にヴァイオリン仲間もお手伝い下さり、
有難い限りです。

木香薔薇の花言葉に
『幼い頃の幸せな時間』とあります。


誰ひとり欠けることなく、
発表会での時間が、
幸せな時間になりますこと、
そして、
佳き思い出になりますよう、
自身の精進も忘れず、

藤棚の下で、
巡る思いを馳せていました。

2017-2024 岩﨑バイオリン教室