ザハール.ブロン氏来日

2022.8.28、日曜日。
宗次ホールにて、
ザハールブロン先生と
愛弟子、服部百音さんのコンサートがありました。
御歳74歳と22歳。

ブロン先生といえば、数々の素晴らしいヴァイオリニストを輩出しています。
ヴェンゲーロフ、レーピン、樫本大進、庄司紗矢香、神尾真由子etc(敬称略)

このコロナ禍、
ロシア、ウクライナをはじめ、
古き欧州から近代の欧州を、
地理と時空を旅させていただいているようなプログラムでした。

百音さんのハチャトリアンは
若さ溢れるエネルギッシュな演奏。
ブロン先生のブラームスは、
何か悟りきったように穏やかで、
音色の変化、美しさ、ピアノとの掛け合い、
けれども、強い主張もあり、
ずっと聴いていたいブラームスでした。

私も年齢を重ねたからか、
季節的なものもあるからか、
秋の落ち着き、心地良さを感じ、
素晴らしいブラームスに出会えこと、
感謝です。

 

他のどの曲も、素敵な空間と共に、
ひとつひとつのフレーズが、物言いたげに、
いろいろな声音で、魅力させてくれます。

あっという間のプログラム。
充実した時間だったのでしょう。

宗次ホールは終演後、
ロビーで演奏者との交流がありますが、
今は無理なので、
アンコール前の舞台撮影許可がでました。

久々に名古屋で、
昼下がりの上質なコンサート。

豊かな気持ちにさせていただいた一日でした。

小さな喫茶店

母の介護度が進み、
毎日、側に居る時間が増えていきます

ひとりで、自由気ままに、
どこにでも行くタイプだったのですが、
コロナもあり鬱積する日々です。

ですが、少し前、
用事もあったため、母を預け、
足を伸ばし、ひと息つくため
梅田の阪急百貨店の老舗カフェに入りました。
普段ならとても並ぶカフェですが、
平日夕方だからか、
すんなり入れ、のんびりでき、
空間と時間と美味しいお茶を楽しみながら、久々の感覚で、
癒されました。
贅沢な時間でした。

母は、
西洋の綺麗なメロディーラインの歌が好きな嗜好。

『小さな喫茶店』
皆さんあまり知らない歌ですが、
1928年、ドイツ.ベルリンで発表されたコンチネンタル.タンゴ。
1934年、日本に入ってきました。

子供の頃から、母が歌っていたのを聴いて、
完全に昭和の懐メロと思っていましたが、
「なぜ、タンゴっぽいんだろう?」
と、不思議に思い、
何気にこの洒落た歌が私も耳についていました。
歌詞も昭和初頭にしては可愛らしい歌詞と言い方。

最近、母を介助するとき、
この歌を歌うと、母も一緒に歌い出します。
子供のようです。
可愛らしくも感じます。

当然、お互い思うようにいかないとき、
母が子供のように怒るとき、
歌うと、私のイライラも吹っ飛び、母も、記憶はすぐ飛ぶので、何事もなかったかのように歌い出します。

歌の力は凄い…と、介護を通して、再認識しました。
腹が立つことがあると、
自分自身、この歌が歌えるかどうかで、
自身の心のバロメーターにしています。
母に苛立っていると、この歌は私の口からは出てきません。
まだまだ、心が狭い…と反省しながらも、やっぱり、出てきません。

まだ、一緒に歌うことも多い?と思いますが、

今は、汗を流しながら、
自身の気持ちを鎮めるため、
母の気分が良くなるために歌っています。

いつか、この歌をひとりで口ずさむとき、

涙に変わるんでしょうね…。

夏の光と影

7月、
高校の定期演奏会に、
生徒がシベリウスのコンチェルトで出させていただきました。
3年間一生懸命頑張り、この曲にかけていた姿は、
高校生ながら、尊敬の念も感じました。

日本人が、ましてや高校生が
北欧フィンランドのことを感じようと思っても、
なかなかヒントがありません。
歴史、自然、国民性、
昨今は、ウクライナ関係で、北欧がどのような方針になるのか、目が離せない状態ですが、
それでも、遠い国です。

しかし、
ホールの澄んだ空気、
張り詰めた空間で、
今の彼女なりに聴衆を魅了させ、
見事にシベリウスを弾ききってくれました。

8月には、
ハンガリーからリスト音楽院の教授陣が来日され、
レッスンが行われる予定でしたが、
突然の感染者増加。
残念なことに、中止になってしまいました。

コロナ禍で高校に入学し、
プラハ、ザルツブルク、ウィーンの修学旅行も行けず、
リスト音楽院、プラハ音楽院のレッスンも受けれず、
なんとも可哀想な世代です。

当然、私達の世代はこのような贅沢な環境ではありませんでしたが、
世界が近くなった昨今、
多感な時期に、
異国のエッセンスを吸収するチャンスがある。
乗らない手はありません。

最初から無かったチャンスと、
用意されていたにも関わらず、
世界的なパンデミックで、手にできないもどかしさ。
悔しさは違ってきます。

シベリウスは、
フィンランドが帝政ロシアから独立しようと抗い続けるなか、
フィンランドの国土を投影するかのような国民性豊かな作品を生み出しました。

特にバイオリンに愛着があったのにも関わらず、
始めるのが遅すぎた…と演奏家になるのを断念した人生でもあります。

しかし「フィンランディア」のように第二の愛国歌として、世界中に知られるようになるほど、
北欧を代表する作曲家です。

北欧の、
夏の沈まない太陽。
裏腹に、冬の厳しさ。

日本の頑張っている若者も、
この夏、
同時にそれを体感しています。

アルジャントゥイユのひなげし

フランスに住む友人から、
お散歩コースの風景写真、動画が送られてきました。

「モネの《アルジャントゥイユのひなげし》の絵画と同じ花だよ」と。

毎日疲れきっている私には、
一服の清涼剤のように、
心、癒されました。

青くて高い空、
澄んでいるだろう空気、
草の乾いた香り、
目を惹く紅オレンジの点々とした花々。
そこに住む人々の生活。
いろいろなものを想像されてくれます。

ひなげしは、
国によって、虞美人草、アマポーラともいい、
花言葉は
「いたわり、思いやり、心の平静、慰め、休息」
今の私にとてもピッタリなワード。

私の心を知ってか知らずか、
タイムリーなフランスからの便りに
癒され感謝です。

虞美人草
項羽の足手まといにならぬよう、自害した虞姫の傍らに紅いひなげしの花が咲いていたことからその名前がついたらしいです。

アメリカ映画
『Once Upon a Time in America』
1920年
ニューヨークを舞台にした、
ロバートデニーロ主演のギャング映画。
(デニーロ作品や禁酒法時代の映画はよく観ていました)

暗黒時代と移民と荒れたニューヨークの街に相反して、
イタリアらしい甘くて切ない『アマポーラ』のBGM。
なんて綺麗な曲なの…と、
この映画で初めて『アマポーラ』の曲を知り、
そこでも癒されたのを思い出しました。

ケシ科の花は、
どこか魅力的な女性を象徴として、
ふと、眼をもっていかれるものがありますね。

平和な国の義務

ゴールデンウィーク中、
岐阜国際音楽祭コンクールの審査員をさせていただきました。
皆さんレベルが高くて素晴らしく、
ここまでくると判断しかねるというレベル。
それぞれの個性が違うので、
それぞれの演奏スタイル、
解釈が光るコンクールでした。

帰宅すると、
毎日、世界でも日本でも辛いニュースばかり。
現実から眼をそむけず、しっかり現状を把握しておこうと、ニュースのハシゴ。

いろいろな事件、事故はあります。

でも、音楽ができる
『日本は平和です』

私が母の介護で毎日汗をかいていても、
『日本は平和です』

だとしたら、悲惨なことには祈ることしかできませんが、
目の前のこと、与えられたことを一生懸命やるだけ。

それが、平和な国(平和ボケ感もありますが)に生まれた義務かなと。

ただ、あまり頑張りすぎないように、
どうしたら緩急つけられるのか?

難しいと思いながら、
また、平凡な朝がやってきて、
母のことで葛藤しながらも、
平和な一日が過ぎていきます。

息抜きに、
大阪のホテルでのディナーショーに行かせていただきました。
世間的には贅沢なことでしょうが、
たまには
時間を忘れること、
日常を忘れることが、
人間には不可欠。
ホテルの裏の川をぼんやり眺める贅沢な時間。

人それぞれ癒しの種類は違うのでしょうが、

今、
祖国を離れている人達は何が一番必要なのか…

西洋には
『ノブレスオブリージュ』といって、『高貴な者には義務が伴う』という精神があります。
無償のボランティア精神。

高貴でなくとも、
それぞれのことを考えるのは、
平和な国に住む私達の義務でしょうね。
目の前のことで精一杯な今、
なかなか、そのような精神にはなれませんが…

少しずつ、海外からのアクセスもあり、

岐阜では、
8月にリスト音楽院の教授陣の公開セミナーが再開されます。
今回も生徒がお世話になる予定です。

名古屋では、
多くのバイオリニストを育てた偉大な先生。
ザハールブロン氏も来日されます。
これもまた楽しみです。

世界が、少しずつ動き始めている。

今年も、もう紫陽花の季節です。

WHAT A WONDERFUL WORLD

ウィルスという目に見えない敵と地球規模で闘っている最中、
見える敵が、弱い隣国に秩序もルールも無く勝手に戦いをしにきている。

全人類がスマホというツールでジャーナリストの時代、
全世界は見ているし、
過去の歴史を学べば独裁者が今後どうなるのかは、歴然としている。
なぜこんな単純なことがわからなくなってしまっているのだろう。
しかし、
ウクライナ国民のなんと誇り高きこと。

力も何も無い私は、映像を見て祈るしかない。

キエフと言えば、音楽家が真っ先に思い浮かぶのは、
ムソルグスキー『展覧会の絵』より
「キエフの大門」だろう。

芸術家、作品には全く罪はない。

過去のロシア(ソ連時代)の芸術家も自由への憧れを作品にぶつけていたからこそ、心揺さぶられるものがある。

連日のニュースで、
歩くことさえままならない高齢者、
子供達の避難する姿、
お父さんと別れて泣く映像が流れると、
悲しくてどうしようもなくなる。
ふと、
ポーランド国境付近で、
路上ピアノを弾く男性の映像が
一瞬飛び込んできた。
一瞬だったが、調律も合っていなかったピアノだが、
確かに、
【what a wonderful world】だった。
ルイ アームストロングの
what a wonderful world。

これは、ベトナム戦争のときに歌われた曲。
戦争を背景にこの歌詞を見るととても意味深い。

歌詞の最後に
『ベイビー達の成長を見守ろう。私よりも多くを学ぶだろう…
心の中で思うんだ。
なんて素晴らしい世界なんだろう』と。

希望を歌っている。

ひとつしかない地球の、
命あるもの、森羅万象を破壊しようとしている。
宇宙をも手に入れようとしている。

ひとりのエゴのために、多くの希望が失われていく。

どうか生きて、生き延びて、
そして子供達に希望を。
人類に素晴らしい世界を。

今だからこそウエスト.サイド.ストーリー

永遠のテーマ『ロミオとジュリエット』が元題材の『ウエストサイドストーリー』

スピルバーグが監督ということで
久々に人が少ないと思われる時間帯の映画館に足を運びました。

オープニング、
これから建築予定であろうリンカーンセンターの立て札が現れ、
荒れた茶系の街並み。
「ジェッツ」のメンバーが
「俺たちの場所にオペラハウスや、学校とかが建つようだ」と。

《1994年、リンカーンセンター》

茶色の画面に、女性達の明るい色彩の衣装。
バーンスタインの名曲ぞろい。
縦横無尽に街に飛び出し、エネルギッシュなダンス。

体育館でのダンスパーティー。
ポーランド系アメリカンの「ジェッツ」は薄いブルーが基調の衣装。
プエルトリコの「シャークス」は、
くすんだ薄い赤が基調の衣装。
そこに、
無垢な白ドレスに赤ベルトのマリア。どちらにも属さない色合いのトニー。
二人は争いには関係ないという象徴。

バーンスタインの曲が好きで、
今まで昔の映画もミュージカル舞台も観てきました。

ナタリー.ウッドの美しさ。
ジョージ.チャキリスの鋭さ。
どうしても昔の映画の残像がよぎりますが、
映像の随所に、スピルバーグのこだわりが感じられます。

書きたいことはたくさんありますが、、、

若者の、
「俺たちは人種ではない。これはシマ(縄張り)争いなんだ!」

このセリフに、
人間はいつの世も同じ。
今も、大国が隣国を脅かしている。
大国同士が小さな手の引っ張りあいをしている。
いろいろな面で大国のエゴに呆れてしまい、
弱い立場の隣国の住人はどんなに不安な毎日か。

2022平和の祭典のはずが、
なんとも後味が悪い。

スピルバーグが製作を長年の夢だった。と語るのは、
自身もユダヤ人として、
私達、単一民族が単一国で暮らす者には計り知れない想いがあるのだろうと勝手に想像します。
『シンドラーのリスト』も然り。

 

『ロミジュリ』と違うのは、
最後マリアは死を選ぶのではなく、
争っていた皆に向かって怒りを爆発し、
生きていこうとする。強さも感じる。

争うことをやめてトニーを運ぶ若者達、
立ち尽くす大人、
銃を持った若者に寄り添う老婦人。

《1994年.メトロポリタン歌劇場》

♪Tonight、America、Mambo、Somewhere、Cool、Maria、〜♪
名曲揃いで、特に登場人物それぞれの想いで歌うTonightクインテットは
傑作です。

老婦人が過去を懐かしむのか、
未来への祈りなのか、
語るように口ずさむSomewhere。
昔の映画でこんな場面あったかしら???

最後のエンドクレジットをぼや〜っと見ていたら、
なんと、リタ.モレノの名前が!
あの老婦人は90歳のリタ.モレノだった!
61年前アニータ役のリタ.モレノ。

驚きのまま、
老婦人が歌うSomewhereには、
トニー、マリアが歌う「どこかに」とは違い、
老体からでも…老体だからこそ未来に託すもの、
良い意味での価値観が変わる未来を切望し祈るような、
さすがの名場面でした。

どんな時代でも争いは無くならないけれど、
名曲が彩りを添えながら、
今こそ必要な、
多くの人に観て欲しいこの物語。

時の乗り物 . 2021

 

あっという間の1年
何かをしようと思えばできたのかもしれないけれど、
日々、
仕事、家事、介護、雑用に追われ、
特に介護に関しては、予想だにしないことが起きます。
今年は、流れについていくのに精一杯な毎日。
「こなす」ことに乗り遅れないようにすることのみ。

子供は、
【昨日できなかったことが今日はできる】
それは希望を生みますが、
高齢者は、
【昨日できたことが今日はできない】
怒りやあきらめ哀しみ、葛藤の日々です。

私事で喜怒哀楽の激しい一年だったかもしれません。

そんな日常のなかコロナ禍とはいえ、
ちょっと遠方に出かけられただけでも有り難いと思ってしまいます。

母を施設に預かってもらえるだけでも精神的な安堵と解放感が得られ、
本当に、携わってくださる方々へは感謝しかありません。

なるべく、新幹線で1時間くらいのところでないと、いざという時に帰れない。
数年前、こんなこと考えたことはありませんでした。

人並みに、
人として順番に歩まなければならない道を歩ませていただいているんだ、
今の自分はこういう時期、と、
自分に言い聞かせることもあります。

最近は新幹線に乗っていても、
「早く岐阜に戻らなきゃ」という気持ちで、
何か、焦ってしまいます。

2003年、
フィレンツェからベネチアまで
『オリエント急行』に乗る機会がありました。

青列車のデッキをゆっくり上がり、
ドレスコードに従い、
ディナーをいただき、
夜遅くベネチアへ到着。

クラッシックな個室で、
アガサ.クリスティー、
エルキュール.ポアロのことを考えながら、
車窓から、
イタリアの田舎風景を照らす陽がゆっくり落ちていくのを
ぼんやり眺める。
そんな贅沢な時間をいただきました。

年末恒例の、
(昨年はコロナのため開催されず)
バイオリンコンクールに出かける朝、
雪で電車の遅延を覚悟して出かけましたが、
大した遅れもなく、無事会場に到着でき、
これも動いてくれる列車のおかげ。

生徒達にとって、
目標に向かう過程が大切ということを体得できる行事が、
無事終わりました。
皆さん何かしら得るものがあったことでしょう。

人生の旅の長さ、
時間の使い方、その時間の濃さ、速度、
それは人それぞれです。

今の私は、
なんとか一生懸命、
先の目的地が見えない状態の列車で、
毎日試行錯誤しながら、
車窓を眺める余裕もなく、
走り続ける列車に乗っています。

来年は、
同じ走り続ける列車でも、
ほんの少しでいいから
車窓を眺められる余裕が心に持てれば…。

喜怒哀楽を繰り返しながら
『生きる』という乗り物の車窓を
楽しめる自分になれればと、
言い聞かせています。

中村吉右衛門さん

父が、時代劇、西部劇が好きだったせいか、
子供の頃からよく一緒に、
ジョンウェイン、ゲイリークーパー等々の映画を観ていて、
「シェーン」に限っては何度観たことでしょう。

戦争映画ではありますが、
グレゴリーペックの他、
多数のスター俳優が名前を連ねる
「ナバロンの要塞」も、
結末がわかってはいても、テレビで放映されるたびに視聴。
子供ながらにグレゴリーペックのカッコ良さに惹かれ、
「ローマの休日」から「アラバマ物語」「紳士協定」等、
社会派の映画まで、片っ端から観た記憶があります。

昔のハリウッド俳優の存在感絶大なスター性。

先日、中村吉右衛門さんの訃報が流れました。

『鬼平犯科帳』の長谷川平蔵。
「鬼の平蔵」
物語のテーマがしっかりあり、人の有り様が細かに描かれ、
鬼平の人間臭さと、粋な計らい。
めでたしめでたし…で終わるばかりではなく、
それがまた俗世間っぽくて良い。

他の時代劇とは全く違い、
短編小説を読んでいるかのように、
一話一話、のめり込んで観ていました。(もちろん池波正太郎さんの小説なので)。
鬼平の、
頑固でもあり柔和でもあり、
粋で筋の通った格好良さ。
食通で、江戸の小粋なお料理も彩りを与えていた作品。

別格で秀逸の時代劇でした。

ドラマの最後、
『ジプシーキングス』の音楽
「インスピレイション」が流れ、
最初、
時代劇にジプシーキングス???と、
少しビックリしましたが、
映像と相まってこれがピッタリ。
なんとも悲しげで、物語に余韻を残し、
視聴者に、
その後の想像力や静かな感動、
空虚な時間を与える見事なエンディング。
この選曲、格好良すぎ。

吉右衛門さんの人生も静かなエンディング。

私のなかで、ジプシーキングスの
ラテンギターの音色が哀愁いっぱいに響いています。

中村吉右衛門さん、鬼の平蔵さん、
大好きでした。

父との思い出と共に、
素晴らしい作品をありがとうございました。

白夜のオランジュリー

1987年
前年に駅を改装してオープンした
パリ、オルセー美術館に入場したら、
すごい人、人、人。

混み合うなかで折角の絵画を観るのは好きではないのでサッサと外へ。

セーヌ沿いをフラフラしていたら、
風景に溶け込んでいる
オランジュリー美術館に遭遇。
この頃はあまりオランジュリーのことには詳しくありませんが。

館内、落ち着いていて、
印象派の絵画が多く、
道順に従い階段を降りたら、、、

息が止まるかと思うくらいビックリして、思わず声をあげてしまいました。

360度、『モネの睡蓮』

まさかここで出会えるとは思わず、
嬉しくて嬉しくて、
静寂な空間で腰掛け、
時間を楽しんでいました。

その2年後、1989年
エッフェル塔建築100年。
フランス革命200年の記念の年にもパリを訪れ、またまたオランジュリーに。

時々、パリに住む友人から写真や動画が送られてきます。
セーヌ川の遊覧船バトームーシュからの映像。
「あっ、オルセー、あっ、修復中のノートルダム」と
今のパリを見ながら、
私も夏の白い夜に乗った記憶がよぎりました。

「私、オランジュリーが好きなの」と伝えたら、
毎年、白夜の頃に、
その『睡蓮』の空間で一晩中カルテットの演奏会が催されるらしく、
並んでチケットを取るそうです。

絶対に行きたい。
友人も「是非、一緒に行こう」って。

白夜、睡蓮、弦楽の素敵な組み合わせ。
自然、芸術、空間。
なんて贅沢。

目標があると、
コロナ禍の自粛生活も頑張れます。

セーヌ川に立つ、
小さな、本家の『自由の女神』

【どうか世の中がおさまり、人々に安寧が訪れ、
行動の自由を私達に与えてください】

2017-2024 岩﨑バイオリン教室